佐助受

□治りが遅い
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「俺様の脚を舐めてもらっちゃ困るんだよ。その人を置いて、さっさと消えな」
大通りに出る前に佐助は男達の前に回り込んで追い付いた。恐らく車が回されているはずだ。連れて行かれたら救出するのに時間と労力が必要となる。内心で安堵しつつ、だが油断する事無く男達を睨み付けていると、男達が懐からそれぞれナイフや警棒といった武器を取り出した。小十郎が言っていたプロのグループだ。
「嫌だねぇ。こんな時を狙ってくるなんて……」
「怪我をした時、か?自己管理不足だ」
「……」
男の言葉に、佐助は口を噤んで懐から警棒を取り出して身構えた。脚の怪我の事を知られている。そして、佐助が離れた一瞬の隙を突いて来たのだ。場馴れもしている強敵である。
「俺様の状態を知っているのなら、死ぬ気で掛かってきなよ。手加減出来ないからね」
「舐めるな!」
男達が吼えながら襲い掛かって来た。佐助は繰り出されるナイフを警棒で弾き、振り下ろされた警棒を擦れ擦れで避け、男を殴り飛ばした。だが、多勢に無勢。じりじりと後退させられ、幸村との距離が開く。裏通りに入られて、大通りに抜けられたら撒かれてしまう。多勢を相手では大きく踏み込めず、決定打を打ち込めないのだ。何度倒しても立ち上がって来る男達を鋭く射抜き、佐助は込み上げる焦りを自制心で捩じ伏せた。痛めている軸足が重心を支え切れずに悲鳴を上げだしたのだ。
「そろそろいいだろう、右脚を狙え!」
「ッ!」
頃合いを見計らったように男達が痛めている脚を狙ってきた。上段の攻撃と組み合わせて脚を狙われ、佐助は鋭く舌打ちした。脚は一番避け難い場所であると同時に、動きを止めるには一番効率のいい場所でもあった。
「痛ッ!」
下段攻撃を跳んでかわし、男を蹴り倒して着地した際、右脚に痛みが走った。着地を狙って投げられた警棒が脚に直撃したのだ。バランスを崩した佐助に、その好機を見逃さず、男達が一斉に襲い掛かってきた。
(あ、ヤバい……)
冷静に自分の状況を把握した。ナイフだけはかわさないと死ぬ。佐助は警棒でナイフを弾き、振り下ろされる警棒を、これも当たり所が悪かったら死ぬかも知れないと思いながら、コマ落としのフィルムのように見ていた。瞬間、後ろから伸びてきた腕に抱き留められた。同時に、後方から投げたと思われるビールケースが男達に直撃した。それを咄嗟にかわした者も地に沈む。ふわりと香る煙草と微かな香水の匂い。ホッと安堵の息を吐き、逞しい腕に手を添えた。
「遅いよ」
「お前が速いんだ。脚は?」
「平気。それより、旦那を……ッ」
「無理をするな。そこにいろ」
普通に生活する分には問題のない怪我でも、酷使すれば腫れと痛みが酷くなる。脚を引き摺る彼を後ろ手に庇い、小十郎が幸村を抱えている男を見据えて低く笑った。
「こいつを殴った奴らは寝ちまった。俺の相手はテメェがしてくれるんだろう?前に出ろ、前だ」
脚に警棒を受けた一撃だけで他に殴られてはいないのだと言ってやりたかったが、助けられた手前何も言えない。それに、こんな嗤い方をした時は下手に絡むととばっちりを食らうのだ。短気な所も素敵だが、味方であってこれほど頼もしい相手もいない。社長代理は政宗のボディガードも兼ねており、総合格闘術と近接格闘術を習得しているのだ。佐助と同様に正当防衛以外でその腕を揮う事を禁じられている。つまり、歩く全身凶器なのである。何故そこまでの技術を身に着けているのかは解らないが、本職の佐助が顔負けする程の腕前なのだ。佐助は警棒を握り締め、タイミングを見計らって男に向かって投げ付けた。幸村を捕えられている為、ただの威嚇だったのだが、小十郎の気迫に圧されていた男は思わぬ奇襲に驚き、幸村を落としそうになった。ちょうど小十郎の背の陰に隠れていた事もあり、動きが視界に入っていなかったようだ。
「馬鹿が」
その隙を小十郎が見逃すはずがない。幸村を抱え直す隙だらけの男の鳩尾に蹴りを叩き込んで若虎を奪還すると、腹を押さえて蹲る男を容赦無く蹴り上げて殴り飛ばした。
(酷ぇ……流石に俺様もあそこまではしねぇよ)
見ていて痛過ぎる。佐助が非難の眼差しを送ると小十郎が鼻で笑った。
「まだ武器は使ってねェだろ。お前はこれで殴られるところだっただろうが」
小十郎が落ちている警棒に一瞥を投げた。佐助は絶妙のタイミングで助けに来た男に感謝したが、その実力を知っているだけにどうしても納得がいかない。そんな彼の様子に、それでも小十郎は頭を左右に振った。
「まともに頭に食らってたら、死んでいたかも知れねェんだ。お前が同情するような奴らじゃねェだろ。それでも加減してやったんだ。有り難く思え」
「……」
甘いと指摘されたのだ。確かに当たり所が悪かったら死ぬかも知れないと思った。
「うん、有り難う」
それでも無事に幸村を助け出せたのだから納得するべきか。ホッと安堵の息を吐いて佐助は脚を庇いながら男の傍へ向かった。これだけ走り回り、あれだけ騒いでも目を覚まさない所を見ると、技を決められた可能性が高い。投げた警棒を拾い上げ、佐助は困惑した表情で幸村の様子を確認した。
「思いっ切り絞められたんだろうね。ピクリとも動かないよ」
「仕方ねェ、このまま戻る」
「……ごめんね」
「気にするな」
幸村を背負って小十郎が歩き出し、佐助もその後に続いた。主人を危険な目に遭わせただけでなく、その救出にも小十郎の手を借りる始末である。
「ねぇ、これって貸し……?」
「あぁ、そうだな。後で返せ」
言われて気付いたような男の様子に、佐助は失敗したと言う顔をした。男との約束で、力を借りた時は佐助からキスをしなくてはならないのだ。嫌ではないのだが、照れ臭い。それならば言わなければいいのだが、真面目で完璧主義なのだ。小十郎にとって佐助は頼まれなくても助けてやりたい相手なのだが、彼はそれを気に病むのである。
「正義の味方はそんな事言わないんだけどなぁ」
「その正義の味方がどこのどいつか知らねェが、本当にいるなら連れて来い」
「……慶ちゃん、かな?」
「あれはただのお節介だ。正義の味方とは程遠い」
本人が聞いたらショックを受けそうな言葉だが、納得してしまうのだから仕方がない。恋事情に偏り過ぎているのが玉に瑕なのである。
「じゃあ、真田の旦那?」
「器物損壊の常習だ」
「……アンパンマン?」
「ククク、いねェな」
今更だろうと笑う男に鋭い一瞥を投げた後、佐助も釣られて笑った。確かにキス以上の事もやっているのだ。キスくらいでと笑い飛ばした時、男が掛かったと言った風にニヤリと笑った。キス決定である。自分の迂闊さにも腹が立つが、してやった顔をする小十郎が憎らしい。男の両頬を抓り、ベッと舌を出してやった。後が怖いが今の男は両手が塞がっていて反撃出来ない。佐助にとっては今しかないのである。低く笑いだした男に背を向けて逃げるように先を歩いてスーパーへ戻ったのだった。



スーパーに戻ると、政宗がホッと安堵の表情を浮かべて迎えてくれた。
「政宗様、怪我の具合は大丈夫ですか?」
「No problemだ。ここは離れた方がいいんだろ?行こうぜ」
政宗も次期大手企業の社長として何かと狙われる立場にいる。表向きは運送会社だが、色んな事情があるようだ。武田家へ向かいながら政宗が口を開いた。
「幸村の様子は?襲われた時、首絞められたんだ」
「うん、軽い酸欠状態だね。心配いらない、暫くすると目を覚ますよ。……俺様の脚の事で意気込んでいたのもあると思うんだ」
「ふぅん。それよりアンタ、脚悪化してねェか?」
「真田の旦那に気付かれるくらいだから、プロの目は誤魔化せないみたいだねぇ。怪我してる事がバレててね、狙われたんだ」
ヘラっと笑うと、政宗が小十郎に視線を投げた。
「武田のオッサンは一週間帰って来ないんだろ?こんな状態の猿一人じゃ、プロに襲われたらひとたまりもねェな」
「はっ、護衛に入りましょうか?」
「面白そうだな」
ニヤリと笑い合う二人に佐助が目を丸くした。
「ちょっと、ちょっと、何言ってんの?そこまで迷惑は掛けられないよ。家にはセキュリティもあるから大丈夫だよ」
「甘い。セキュリティの落とし穴はブレーカーを落とされたら機能しねェとこだ。俺もそれで一回失敗した事がある。幸村が強いのは認めるが、暗闇で襲われたら身動きも取れやしねェんだ。アンタも気配である程度動けるかも知れねェが、その状況でまた脚を狙われたら対応出来ねェだろ」
「……」
その指摘に佐助は口を噤んだ。反抗期真っ只中の中学生時代、ブレーカーを落とされた暗闇の中で動けず、赤外線レンズを付けた男達に誘拐され掛けたのだ。小十郎が即座に気付いて助けに来てくれたのだが、あれほど恐ろしいと思った事はなかったと、政宗が明るく笑った。笑い事ではないとげんなりとする小十郎の隣で、佐助は表情を曇らせた。
「……本部に連絡を入れる。すぐに臨時の応援が来てくれるから、護衛はその人に頼むよ」
「それはペナルティになるんだろ?専属の名に傷が付くぜ」
「俺様の責任だから気にしないで。あんた達に迷惑を掛けるよりかはそっちの方がいいよ」
小十郎の言葉にも頭を左右に振る佐助に、政宗が柳眉を逆立てた。
「石頭が!利用出来るモンは利用しろよ!何でもかんでも自分で出来ると思うなよ!」
「思ってないよ。思ってないから応援を……痛ぁ!」
「ウゼェ!幸村はアンタがいいんだろうが!他の奴が来たってコイツが腑抜けたら意味が無ェだろ!」
「……ッ!」
政宗に痛めている脚に蹴りを叩き込まれたのだ。脚も痛いが、痛烈な指摘も耳に痛かった。蹲る佐助の傍で小十郎が小さく笑った。
「甘えておけ」
「でも……でも、一週間もあるんだよ?」
本日二度目の言葉だが、先程とは状況が違うのだ。
「だからこそじゃねェか。いい加減にしろよ、猿」
「その通りだ。俺達の事より、真田の事を心配してやれ。何かあった時、信玄公にどう詫びるつもりだ」
「あぁ、これが一番いい策だと思うぜ。学校の行き帰りは俺がいる。心配すんな、同じ失敗は二度しねェ。何だったら、元親と前田も呼ぶか?ああ見えて頼りになるんだぜ」
人数が増えて賑やかになりそうだが、護る人数が増えるのは得策ではない。佐助だけでなく、小十郎もそれは却下した。政宗も小十郎も純粋に心配してくれているのが解る。これ以上首を横に振るのはせっかくの二人の厚意を無碍にする事になり、失礼だろう。
「これ以上借りを作りたくはないんだけど……有り難う、そう言ってくれると本当に助かるよ。頼りにしてるよ、竜の旦那、片倉の旦那」
佐助がニッコリと笑うと、任せておけと政宗と小十郎が笑った。

そうして信玄が帰って来るまでの一週間、武田家での攻防戦が始まったのだった。


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