佐助受

□黒魔術で行ってみる?
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「おかしいなぁ。悪友達と遊びに行ったのかな?」
佐助は首を傾げた。幸村のクラスを覗く前に食堂、高等部も調べたが、どこにもいなかった。その際に良くつるんでいる政宗と元親も一緒に居たと言う情報も手に入れていた。
「佐助、幸村はおったか?」
「あ、いえ。どこかへ出掛けているみたいで教室にはいません」
「ふむ……やはり」
道着を着込んだ信玄が何か考え込んだ。剣道、柔道、空手、プロレス、古武術など、格闘技全般を制覇している信玄にはあちこちの学校から顧問の要請が舞い込んでくる。そんな相手に護衛など必要ないのではないのかとも思うのだが、元財閥の武田家の当主で何かと狙われる事も多いのだ。そんな信玄の専属SPを佐助はしていた。今日は幸村が通う学校へ剣道の顧問として出張に来たのだが、当の若虎がいない。
「何か心当たりでもあるんですか?」
「うむ、ジェット機を貸してくれと連絡がきたのでな。好きに使えと言ってやったのじゃが、学業を疎かにするとはけしからん」
普通に生活をしていて余り聞き慣れない単語が信玄の口からポンと出て来た。佐助は目を見開いて初老の男を見上げた。
「……ジェット機?ジェット機を貸してくれって?で、好きに使えって言ったんですか、大将?何言ってんですか!そんなの、もうこの近所にいないに決まってるでしょ!中学生がジェット機貸してって言う方も言う方だけど、それを許可するなんて何考えてんですか、大将ッ!何かあったらどうするつもりです!」
「……うむ」
「うむ、じゃありませんよ!俺様ちょっと出掛けて来ます!あ、今日は帰って来られないかも知れないから晩ご飯は適当に済ませて下さいね!それから、ちゃんとセキュリティを掛けてから寝るように!貴重品は金庫へ入れて下さいね!それと、真田の旦那が先に帰って来たら俺様の事は気にせずにいつも通り学校へ行くように伝えて下さい!それから、それから……!」
慌てながらでもちゃんと指示を出す。そんな彼の鮮やかな橙色の髪をワシワシと撫でてやり、信玄が穏やかに笑った。
「儂は大丈夫じゃ。幸村を頼んだぞ、佐助」
「はっ」
信玄に頭を下げ、佐助は踵を返して駆け出した。ポケットに突っ込んでいた携帯を取り出し、電話を掛けながら窓枠を蹴って外に躍り出る。周りで悲鳴が上がったが、そんなものを気にしている場合ではない。三階から飛んで難無く着地すると、背後からの歓声を無視してそのまま駆け出した。
「もしも〜し、俺様だけど。ごめん、仕事中に電話して。ちょっと訊きたい事があるんだよ」
電話の先の人物は片倉小十郎。大手運送会社に勤める男だった。政宗の後見人でもある男に情報を貰おうと思ったのだ。だが、――
『何だと?政宗様がジェット機でどこかへ行った?』
返ってきた男の言葉に、おや、と首を傾げる。そして、ある事に気付いて空を仰いだ。
「あ〜、えっと……ごめんなさい、今のなし。ただの悪戯電話でした」
『ふざけてんのか、テメェ!いいから説明しろ!』
「もう、怒鳴らないでよ。聞こえてるよ」
失敗したと、佐助は痛む頭を押さえた。小十郎から情報を得ようにも男は何も知らなかったのだ。佐助は溜め息を吐くと簡単に状況の説明を開始した。
「大将んとこのジェット機を使って、真田の旦那と長曾我部の最低三人でどこかへ行ってるんだよ。理由は不明。前田さんとこの甥っ子が絡んでる可能性も考えてる。話が大き過ぎるからね。何にしても、あんたんとこに連絡が入ってないって事だよね。俺様はこのまま捜しに行くよ。見付かったら連絡するから」
『待て、猿飛。今どこにいる?』
「どこって……空港に向かってるとこだよ。え?もしかしてあんたも行くつもり?ここは俺様に任せておきなよ。貸しておいてあげるから。って、え?……あ、ちょっと!切った!もう、何なんだよ!」
佐助はむくれながら携帯を切った。空港で待っていろとだけ言うと、返事も待たずに小十郎が電話を切ったのだ。信玄の養子である幸村にはこんな事もあるかと発信機を取り付けていた。甲斐の若虎の異名を持つ幸村も強いのだが、信玄よりはマシだと良く身代金目当てで狙われるのだ。最近は信玄よりも幸村について護衛していたくらいである。





佐助が空港のロビーで発信機を追っていると小十郎がやって来た。
「ごめんねぇ、呼び出すつもりはなかったんだけど……」
「いや、それよりどこへ向かっているんだ?」
「それが……南アジア、中東方面。まだ高速移動中だから追い駆けようがないよ。チケット買うにしても行き先が解らなきゃねぇ。だから俺様に任せときなって言ったのに……」
「チケットなんざ要らねェ。来い」
お手上げのポーズをしている佐助の手を取って小十郎は歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って」
腕を引っ張られ、佐助は取られた腕を引いて立ち止まる。男の苛立ったような視線に慌てて飲み掛けのコーヒーを飲み干してゴミ箱へ入れた。そして忘れ物がないかを確かめてから、男についてバックヤードへ入って行った。
「そっか。あんたんとこが使ってる航空便があるんだよね。助かったよ」
「会社のもんを私用で使える訳ねェだろ。待機中の機も行き先は全て決まってる。別で小型ジェットがあるんだ。そっちは空いていたら好きな時に使えるようになっているから、そっちを使う」
「あぁ、やだやだ。俺様は庶民ですのでそういう話は一切解りません」
「俺だって庶民だぜ。今回は特例だ」
「へいへい。借りを作るのは俺様の方だって言いたかったんでしょ。有り難うございます」
フンと鼻を鳴らす佐助に小十郎は苦笑した。真面目に必死に働いて安い給料の中からビールを飲むのが楽しみの佐助にとって、私用のジェット機を持っているという話自体が別世界のものなのだ。
お抱えパイロットに発信源を追ってもらい、小十郎と佐助は空の旅に出る事になった。黙って雲を見ている佐助に視線を投げて小十郎が口を開いた。
「聴けよ、猿飛。この小型ジェットだって政宗様の持ち物だ。それを俺がお借りしているだけだ。俺もお前と何も変わらねェ」
「解ってるよ。ありがと」
慰められれば慰められるほど惨めになる。佐助は溜め息を吐いた。想い人は社長代理。信玄の専属SPと言ってもただのボディガードに過ぎず、休日に帰る自分の家は小さなアパートの一室である。それでもこうして別世界の住人の小十郎といられるだけで幸せなのだ。これ以上を求めるのは贅沢だ。気持ちを切り替えて佐助は口元に笑みを浮かべた。
「でもまぁ、こうして力を貸して貰えるんだから俺様は恵まれてるよねぇ。今日は帰れないと思っていたし、そのつもりで出て来たからさ」
「航空機を使って、もし行き違いになったらどうするつもりだったんだ?」
「その時は無事だった時だから、勿論そこから引き返すよ。それが俺様の役目だからね」
「お前らしい」
小さく男が笑った。自分が出来る最大限の事をして主人が無事ならそれでいいのだ。そして、間違った事をすれば主人であっても諌める。クビになる事を恐れるよりも主人の事を第一に考えているからだ。信玄や幸村が彼に信頼を置くのはそこだ。仕事に私情を一切挿まない。本来なら小十郎の力すら頼らないのだ。
「だが、何かあったら連絡を入れろと言ってるだろう」
「俺様が仕事中の時はあんたも仕事中でしょ。緊急以外の時に連絡なんて出来る訳ないでしょ。今回も一人でどうにかするつもりだったんだよ。あんたが来てくれて本当に助かったけどさ」
佐助が苦笑を零した。小十郎には感謝しているのだ。政宗の事もあるが、恐らく関わっていなくても来てくれただろう。優しい男なのだ。誰からも信頼される。そんな男に惹かれるなという方が難しいだろう。小十郎も彼が日中に連絡を取って来る時は重要な用件がある時だけだと知っている。お互いに忙しいと解っており、用事がある時はメールを入れておくくらいである。それでも、連絡が来るだけマシだと無理やり納得した。他の誰よりも彼に頼られるのが何よりも嬉しいのだ。
「そうか」
「そうですよ」
そうして二人もある国に降り立ち、ある村へと向かったのだった。
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