佐助受

□※Twinges in the chest
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結局、のらりくらりとかわされ続け、シクシクと泣きながら幸村は就寝。その余りの情けなさに怒り心頭に発した政宗は飲めない酒を煽り、気を失うようにそのまま爆睡。佐助の徹底した拒絶に疑問を感じつつ、小十郎は主人の部屋の前に控えていた。
「いるんだろ?出て来いよ」
そう闇に向かって声を掛けると、
「へへ、バレてたのね」
軽く笑いながら佐助が少し離れた所に立っている木から顔を出した。
「ねぇ、布団で横になったら?旦那も疲れてるでしょ?」
「無用の心配だ」
「あ、そう。せっかく用意したのにさ。毎回使ってくれないよね」
おどけたように肩を竦め、佐助が苦笑しながら木から下りた。責めるような言葉とは裏腹に口調は明るい。
「使わないと分かっているのなら用意しなければいいだろう」
「そういう訳にはいかないでしょ?旦那もお客人なんだからさ」
「…」
「?どうしたの?」
急に黙り込んだ小十郎に、佐助は首を傾げて近付く。
「訊きたい事が二つある」
「ええ〜?二つも?いいけど、高いよ」
「茶化すな。さっきの忍の事だ。奴らは何者だ?」
「竜の旦那やあんたを狙った訳じゃないから、安心していいよ」
笑って言うと、小十郎にギロリと睨まれた。佐助の様子から只事ではないと感じているのだ。鋭い男だと肩を竦める。
「どの国にも属さねェ乱破か?」
「そうだね。でも、それ以上首を突っ込んだら狙われる。悪い事は言わないから、見なかった事にしておきなよ。忍の世界に係わると碌な事がないよ」
小十郎の言葉に、佐助は手を上げてこれ以上の詮索を拒絶した。あれはあくまでも忍の間の話だ。ここで口を割れば今度こそ殺される。それが自分だけならまだいい。だが、事情を知った事により、小十郎まで命を狙われる事になるのだ。どれだけ強くても、人間いつかは眠らなくてはならない。彼等はその時を狙ってくる。防ぐ手立てなどないのだ。そんな相手から狙われるのは自分一人で充分である。彼のその覚悟を感じ取り、小十郎はそっと髪を撫でてやった。
「それがお前の仕事ならな」
「へへ、悪いね」
「……もう一つの問いだ」
「うん、何?」
話を持ち掛けてきたのは小十郎だが、どこか歯切れが悪い。どうしたのかと、佐助は首を傾げながら男の顔を覗き込んだ。
「猿飛、何故真田から逃げる?あいつがお前に伝えたい事があるのは分かってるんだろう?」
佐助の瞳を正面から見据え、小十郎は静かに尋ねた。まさかこの男の口からそんな言葉が出てくると思っていなかった佐助は、瞬間呆然としてしまった。
「応えられないなら、それはそれで明確な返事をしてやれ。でなきゃ真田も困るだろう」
珍しく饒舌な右目に戸惑いつつ、佐助は頭をフル回転させた。幸村と違い、この男に下手なその場凌ぎは通用しない。男の目的は政宗の気掛かりを取り除く事だ。それは幸村の不調を直す事。つまり、佐助とのごたごたを収拾する事にあるのだ。
「伝えたい事、ね。旦那達はどういう結果になるか解ってて焚き付けてんの?」
「…」
「忍を気遣う旦那の考えが危ないと思ったから、かわしてるだけだよ。拒絶された相手を傍に置けるほど、真田の旦那は図太くないしね」
この言葉に小十郎が小さく笑った。
「……何?」
何か失敗しただろうか。
冷やりとしながら佐助は男の言葉を待った。小十郎は身構える彼を見据え、口を開いた。
「つまり、お前も真田の傍を離れたくねェんだろ?だから、あいつの問いに答えられないんだ」
「……なっ!」
「図星だろ?拒絶して、あいつがお前を傍に置く事に耐えられなくなったら、解雇通告される事はないにしても、異動は確実だろうからな」
動揺を隠し切れずに、カッと佐助が赤くなった。その様子を小十郎は穏やかに笑って見ていたが、彼の表情がサッと変わった事に即座に気が付いた。彼の動揺を見る限り、核心を突いた事に間違いはない。しかし、そこから先の思考を読まなければならない。佐助は本心を簡単に出すような男ではなく、何より自らの立場を弁(わきま)えている。ここを乗り越えなくてはならないが、超現実的な彼を説得するのは難しいだろう。
「そっか、その通りだ。真田の旦那にはちゃんと伝えなきゃいけないよねぇ。主人を護るのが忍の務めだからね」
「お前はどうしたい?真田を護るのは確かにお前の仕事だが、お前の意見も尊重するべきだぜ」
「俺様はお給料が良かったら、主人は誰でもいいんだよ」
「金の話じゃねェ。真田の事だ」
佐助の言葉に惑わされる事無く、小十郎は頭を振った。割り切るのは簡単なのだ。それで納得出来るのであれば、小十郎とてそうしただろう。だが、自分を欺き続ける事は出来るものではない。いつか心が悲鳴を上げて、抑えが利かなくなる。小十郎はそれを良く知っていた。ニコリとも笑わない男の様子に、佐助は深い溜め息を吐くと、降参の意を表して両手を上げた。
「……やれやれ、どうやってもあんたに隠し事は出来ないのかねぇ?」
「今更だろ。それに、どうせ俺達の事もお前には筒抜けだろ?」
「否定はしないよ」
ニッコリと笑う佐助に、小十郎は可笑しそうに小さく笑った。『俺達』とは政宗との仲の事である。奥州に偵察に行く事もある佐助は、彼等が情事を重ねている事を知っている。だが、仕事に私情を挟まない彼はその事に関して一切触れる事はなかった。立ち入った事をしているのは小十郎の方なのだ。だが、今更引けるものでもない。黙って彼の言葉の続きを待った。
「真田の旦那の事は気に入ってる。真面目で純粋で……あんな真っ直ぐな人間はそういない。その代わり手は焼かされるけど、見ていて飽きないし、何より一緒に居て楽しい。大将の命じゃなくても、助けてやりたいと思うよ」
「それが正直な気持ちなら……」
小十郎の言葉を手で制し、
「俺様は忍。片倉の旦那とは、立場が違うんだよ」
佐助は笑って言った。淋しそうな、そして全てを諦めてしまったようなその笑みに小十郎は鋭く舌打ちした。彼の言う事は尤もなのだ。尤も過ぎて、哀れでもあった。
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