佐助受

□※Twinges in the chest
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倒した間者を見下ろし、佐助は首を傾げた。確かに油断をしていたし、接近に気付けずにいた。ならば、奥州の筆頭とその右目がいる事を確認した時点で離れるはずだ。だが、それをせずに攻撃してきたのだ。つまり、佐助に接近を気付かせたかったのだろう。散漫だった彼の意識が集中したと同時に行動に移ってきたのだから。
「……もしかして、誘い出されたかな?」
佐助を幸村から引き離せる、来訪者が来たこの時を最初から狙っていたのかも知れない。もしそうだとすれば、国境の小競り合いすら作戦の内だった可能性もある。ようやく冷静にそこまで考えられる思考力が戻って来た。見上げると、木々の間から忍の影が見える。相当な数だろう。連れて来た配下は三人。下手をすれば彼等も裏切るだろう。最近の佐助の動きを知っているからだ。そうして内心で冷や汗を掻いていると、黒尽くめが二人現れた。
「真田忍隊隊長、猿飛佐助だな?」
「人に名を尋ねるなら、先に名乗りなよ」
飄々とした態度は変わらず、だが黒い忍を鋭く射抜くその眼は敵を前にした忍のそれであった。闇を色濃く映し、少しでも不穏な動きを見せれば迷う事無く殺す。そんな彼の殺気に男達は互いに目配せをし、
「服部半蔵」
「霧隠才蔵」
静かに名乗った。その名に佐助は微かに息を呑んだ。何故、この忍達が接触しに来たのか。
「貴様が迷いを持ったように見えた。道具として扱われ、挙句の果てに捨てられる存在の忍に対して……」
才蔵が言った。ドクンと心臓が跳ね、佐助の脳裏に警鐘が鳴り響いた。
「権力をかざすだけの無能に仕えるのではなく、我等忍が裏から世を動かせるようにする。お前も一緒に行かないか?」
半蔵が言った。冷や汗が背中を流れていく。いつから監視されていたのだろう。この闇の忍の軍団に。否、彼等はどこにでも潜んでいるのだろう。この軍団の忍は超一流の者しかいないのだから。
「わざわざこんな細工までして誘き出して、あんた等みたいな忍からお声が掛かった事を光栄に思うべきなのかね?」
言い終わると同時に、佐助は先程拾った手裏剣を半蔵目掛けて投げ付けた。豊臣の忍が使う手裏剣と同じ形のものだったのだ。彼等が細工をしたのか、もしくは豊臣方の忍が参入している可能性もある。
「どう思おうとそれはお前の勝手だが、お気に召さなかったようだな」
額に手裏剣を刺したまま平然と半蔵が言った。そして、その姿がフッと消えると、代わりに手裏剣の刺さった丸太が転がった。本体は無傷で少し離れた場所に音も無く着地する。その動きに佐助は戦慄した。だが、内心の恐怖心を微塵も感じさせず、鼻で笑い飛ばして見せた。
「俺のどこをどう見て主人に不満を持っているように見えたかは知らないけど、あんた等の考えを押し付けないでくれる?……俺は現状で満足してる」
佐助は武器を密かに握り締め、いつでも動けるように身構えた。この人数相手では勝てる見込みはない。だが、逃げる事は出来るだろう。そうして殺気立つ佐助に、忍二人が肩を竦めた。そして彼等の双眸から凄まじい殺意が吹き付けてきた。それに気付いた配下の三人が身構えた。その刹那、二つの影が動いた。その時には二つの体が血を噴きながら倒れていた。
(一撃で……ッ!)
佐助の背筋に悪寒が這い上がった。逃げる事すら出来なければ、それは即ち死に繋がる。佐助は迷う事無く印を結んだ。
「忍法、霧隠の術!」
霧で敵の視覚を奪い、その隙に配下を連れて離脱するつもりだった。だが、才蔵が肩を揺らして笑い、佐助が結んだ印と似たような印を結んだ。
「クックック、馬鹿が。名乗っただろう、霧隠と」
言うと同時に霧が急速に晴れていく。
「元々は俺が編み出した術だ。術者以外の解除の仕方は俺しか知らない」
「……ウソだろ!」
背中を見せたら殺られる。
佐助は部下に先に逃げるように指示を出すと、即座に向き直って後退しながら身構えた。だが、その時には半蔵が目前にまで迫っていた。息を呑んで死を覚悟した時、まるで一陣の風となって黒い影が脇を通り過ぎた。そして背後から聞こえる断末魔と、何かが倒れる音。前方に才蔵、背後に半蔵。佐助は身動きが取れなくなった。
「今すぐ答えが返って来るとは思っていない。お前の気が変わるのを待つさ」
「そんな悠長な事を言っていたら、戦が終わっちゃうかもよ?」
「そうなったとしても、俺達には何の問題も無い。ただ、その時は貴様も我等の操り人形となっているだろうがな」
「あ、そう。あんた等の思惑が失敗する事はない訳ね」
佐助は小さく笑った。だが、その瞬間に喉元と首筋にくないを突き付けられ、口を閉ざす。
「いい気になるなよ。貴様の命など取るに足らない」
才蔵が怒りを滲ませた。何故そうしないのかは分からないが、佐助は今この場では殺されないと確信した。
「何故我等の計画が失敗しないのか。忍の仕事を完璧にこなすお前が解らないはずはない」
「さぁ、何の事?そんな難しい事、俺には解らないし、元より関係ないからね」
「ふふ、食えない男だ」
降参の意を表して両手を上げる佐助の首筋からくないを戻し、半蔵が笑った。だが、漆黒の忍から物凄い重圧が吹き付けてくる。それは殺気だった。殺意はない。だが、容赦の無い殺気を放ってきたのである。喉元には才蔵のくないが突き付けられている。この恐怖に耐えられずに動けば、切り裂かれるかも知れない。内側からジワリと心に食い込んでくる闇に、佐助は歯を食いしばって耐えていた。それはほんの数分だったのかも知れない。だが、彼にとっては途方も無く長い時間を打ち破る者が近付いて来た。ハッとその事に気付き、佐助は思わず息を呑んだ。
「佐助―――――――ッ!」
雄叫びを上げて幸村が馬を走らせて来る。その後ろには政宗と小十郎がいた。佐助は喉元にくないを突き付けられている事などお構いなしに、主の方へ首を巡らせた。
「旦那、来るな!」
相手は強敵。そして、「卑怯」などという言葉が通じない忍だ。熱血一直線の幸村が相手にするには相性が悪過ぎる。だが、
「……邪魔が入ったか」
半蔵が小さく呟き、才蔵がくないを引いた。
「今回は引こう。だが、迷った時はいつでも来い。我等には強者が必要だ」
そう言うと同時に風が巻き起こった。一瞬の目眩まし。その間に才蔵と半蔵は配下を引き連れてあっさりと引き上げていった。ホッと安堵の息を吐くと、緊張の糸が切れた脚が悲鳴を上げ、全身からドッと冷や汗が噴き出した。同じ強敵を相手にするなら、まだ小太郎相手の方が生きた心地がした。相手は大名だけでなく、忍をも殺す忍。そして、仕える主を持たない乱破なのだ。手加減、容赦一切無用で殺しに掛かってくるのである。
「配下を殺ったのは口封じ、か。一つ違えば俺が殺されていた……」
生き延びた。
肺の中に溜まっていた息をゆっくりと吐き出し、佐助はどうにか落ち着きを取り戻した。
(俺を殺さなかったのは、武田の内情を最も良く知っているからだ)
彼等の計画の一部とまでは言わないが、それに近い存在なのだろう。はぐらかしたが、彼等の思惑には察しが付いていた。情報戦の戦国時代。それを収集し、報告しているのは忍なのだ。各国の忍同士が連携を取れば、大名達を思いのままに動かせられるだろう。そして、戦を裏から操作出来るようになるかも知れない。
(それで泣くのは戦う術を持たない民達だ。忍は忍。国を統べるのは大将のような領民想いの当主が一番だ)
半蔵と才蔵の計画には乗れない。
そんな忍ばかりではないはずだと、佐助は頭を振った。それに、そう簡単に事は進まないだろう。彼等の言うような無能な大名ばかりではないからだ。毛利や武田、上杉、伊達、北条など、忍を抱えている大名は大勢いる。謀反が知られれば、忍などことごとく誅殺される。そして、その先の闇の軍団の存在が知られれば、大名達が放ってはおかないだろう。手の内に入れるか、滅ぼすか。そのどちらかだ。どちらにせよ、彼等が望む未来への壁は高い。
(気持ちは……解らない訳じゃないんだけどね)
生涯仕えたいと思った主にさえ裏切られ、見捨てられる。そんな無念の死を遂げた忍を沢山、それこそ数え切れないくらい見てきたのだから。そうして無感動に息絶えた配下を見下ろしていると、馬から飛び降りた幸村が息急き切って駆け寄ってきた。
「佐助、無事か?」
「あぁ、見ての通りピンピンしてるよ」
「そうか……良かった。だが、この有り様は……」
配下の忍達が一撃で仕留められている様に、幸村は眉根を寄せた。佐助は膝を着いて頭を下げた。
「豊臣配下と思われた草の者はそれを偽装した乱破。敵は配下三名を殺し、退散。……済まない、旦那。もしかして、減俸かな?」
「いや……相当な手練だったのだろう。お前が無事で良かった」
膝を着いている佐助に手を差し伸べ、幸村が安堵したような顔で言った。それを掴まずにスッと立ち上がると、政宗と小十郎に一瞥を投げ、佐助は頭を掻いて苦笑した。
「旦那、いつも言ってるでしょ?俺に気を遣わなくていいんだよ。あんたは親方様からこの地を任されてんだから、お客人を無事に国境まで護衛するのが仕事だろ?」
「う……それは、そうなのだが……」
「でも、有り難う。その気持ちは嬉しいよ」
「そ、そうか」
佐助が笑顔を浮かべ、ホッと嬉しそうに笑う幸村の様子を見ていた政宗が軽く咳払いをした。そして、顎で指示を出す。その意味を理解出来ない佐助は微かに首を傾げ、幸村はダラダラと汗を掻きながら口を開いた。
「さ、佐助……その……お、お前に訊きたい事があるのだが……」
「え?うん、それはいいけど、先に竜の旦那と片倉の旦那の部屋を用意するよ。もうすぐ日が暮れるし、今日はもう泊まっていくだろ?夕餉の支度もあるし、部屋の用意が終わったらちょっと買い出しに行って来るよ。旦那は何が食べたい?」
「肉!」
「はは、了解」
思わず質問に答えてしまい幸村は慌てたが、時既に遅く、佐助が音も無く消えてしまった。
「だあああああぁあぁぁ!何やってんだ、アンタ!飯より先に訊く事があんだろうがぁ!」
「うおおおおぉぉぉ、つい!申し訳ございませぬ!さ、佐助―――――!話があるのだ……戻って来てくれ――――!」
それで佐助が戻って来る訳も無く、オロオロと蒼くなる幸村に対し、政宗が怒りに真っ赤になった。
「何が『つい』だ!ふざけんじゃねェぞ!」
「し、しかし……!で、では、政宗殿は何が食べたいでござるか?」
「今はそんな話してんじゃねェだろ!って、何でそう言えねェんだ!質問してたのはアンタだろうが!先に質問に答えろって言えるだろ!」
「……なるほど、そう言えばいいのでござるな!つ、次こそは……!」
こうして佐助にいいようにあしらわれているのだ。怒りの余り放電する政宗に土下座して謝り、幸村は己の馬鹿正直さに涙した。そんな二人のやり取りを黙って見守りながら、小十郎は消えた佐助を捜すように空を仰いだのだった。
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