佐助受

□晴れの日の遠足
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初秋。出掛けるにはちょうどいい季節である。
そんなある日、子供達が嬉しそうに持って帰ってきた遠足のプリントに目を通し、佐助はその日の為に準備をしてきた。子供達が目を輝かせている前に食材を並べ、ウキウキと料理本を取り出した。
「タコさんウインナー入れる?ウサギさんのリンゴも別で入れようか?」
「某はスーパーヒーローのレッドがいいでござる!」
「俺は仮面ライダーな」
「それって……日曜の朝にやってるやつ?また難しい事言うね、あんた達は」
佐助が困ったように眉尻を下げると、幸村が絵本を持ってきて広げた。
「これがレッドで、こっちが仮面ライダーでござる」
小さな指でキャラクターを差していく。佐助は頭を捻って考えた。
「ん〜、作れない事はないかな?よし、俺様頑張る!だから、幸ちゃんはお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってきてね」
「了解でござる!」
「政ちゃん、幸ちゃんの事頼むよ」
「あぁ、解った」
元気良く風呂へ向かう二人の湯上がりの準備を済ませ、佐助は早速お弁当を作り始めた。鮭のふりかけを掛けたおにぎりを作り、幸村が持ってきた本を見ながらチーズと焼き海苔をハサミで切っていく。そうして細かい作業をしていると、それまで動かなかった小十郎が興味津々にやって来た。
「へぇ、上手いもんだな」
「あはは、喜んでくれるかなぁ?」
「あぁ。自慢出来るだろう」
「へへへへ」
嬉しそうに笑う佐助の顎を掴んで上を向かせると、小十郎はそっと唇に口づけた。唐突な男の行動に佐助の顔が赤くなる。
「な……何?どうしたの?」
「政宗も幸村も素直に育っている。お前には感謝している。家の事は任せきりだからな」
「そんな事ないよ。あんただって休みの日も早く起きて子供達を公園に連れて行ってくれるし、家の事も手伝ってくれてるでしょ?庭の野菜も助かってるよ」
「そうか」
小十郎が目を細めて穏やかに笑った。そうしていると、
「母上〜!」
元気いっぱいに幸村が丸裸でダイニングキッチンにやって来た。
「幸ちゃん、服着て来なきゃ駄目でしょ?風邪ひくよ」
「だって、兄上の着せ方は痛いのでござる。母上がいい」
「仕方ないなぁ。服は持ってきた?」
「うむ」
そんなやり取りを眺めつつ、小十郎が途中になっているお弁当作りを進めていった。チーズをハサミで切っておにぎりに乗せていく。子供達の小さなお弁当箱におにぎりを入れたところで、服を着せてもらった幸村が椅子に乗ってテーブルを覗き込んだ。
「あ、レッドでござる!」
「あぁ、母さんが作ったんだぞ」
「こっちは仮面ライダーでござるな!」
「これは父さんが作ったぞ」
「美味しそうでござる」
今にもかぶりつきそうな勢いの幸村を慌てて佐助が止めた。
「明日の遠足のお弁当だから食べちゃ駄目だよ」
「解っている。俺はそこまで卑しくないぞ、佐助」
「……へ?」
「え?」
小さな子供のものとは思えない言葉に佐助は耳を疑い、幸村は自分のものとは思えない言葉に驚いた。若虎の言葉だと気付いた小十郎の表情が険しいものに変わる。
「幸村、母さんに言う言葉じゃないだろう。謝れ」
「ち、違……今のは某が言ったのではござらん!」
幸村の小さな顔が驚きと哀しさで歪む。分かっていると言ってやりたかった。その小さな体の中に二つの人格がある事を父は知っている。抱き締めて慰めてやりたかった。だが、何も知らない佐助の前だ。小十郎は心を鬼にして諭した。
「謝れ」
「あ……ご、ごめんなさい、母上」
何が起こったのか幸村にも解らないのだ。ボロボロと涙を零す小虎の頬を拭いてやり、
「いいよ。ほらほら、泣かないの。ちょっとビックリしたんだよね?ほら、泣き止んで。お兄ちゃんを呼んできてくれる?お風呂上がりのジュース入れておくからね」
上手く話を逸らして、佐助は小さな背中を押した。素直にバスルームへ向かう幸村を黙って見送り、小十郎が眉間に皺を寄せた。そんな男の様子に気付かず、佐助はふーと息を吐き出した。
「時々ビックリするくらい大人の言葉を使うよね。さっきのはホントに驚いたよ。俺様の事名前で呼ぶし、本当に幸ちゃんなのかと思った」
「……あぁ。後で注意しておこう」
「え?もういいよ。ちゃんと謝っていたでしょ?叱り過ぎは駄目だよ」
「……あぁ」
考え込む小十郎に怪訝そうに首を傾げつつ、子供達のコップにジュースを入れる。すると、幸村が政宗を連れてやって来た。
「母上〜!ジュースが飲みたいでござる!」
「はい、どうぞ」
「あ〜、もう疲れる」
「政ちゃん、ご苦労様。有り難うね」
幸村の世話で疲れ果てている政宗に、佐助は小さく笑って小虎よりも少し大きなコップを手渡した。
「あ、兄上だけズルい!」
「幸ちゃんはお兄ちゃんに体洗ってもらったでしょ?だから、そのお礼だよ」
「それに、俺の方がデカいから当然だ」
二対一。こういう時、小十郎は黙って見守る為、話の中には入らない。すると幸村の顔から子供の表情が消え、若虎の瞳で真っ向から佐助を見据えた。
「お前は何も分かっていない!そんな事で俺よりも政宗殿を優先するのならば……!」
「いい加減にしねェか、幸村!」
真二つになりそうな勢いでテーブルを叩き、それまで黙っていた小十郎が幸村の言葉を遮って一喝した。それに飛び上がって小虎が驚き、小竜と佐助も息を呑んで体を震わせた。一瞬にして場が凍り付いた。蒼褪めて震え上がる佐助と子供達に、悪い事をしたと弱りつつ、
「少し父さんと話をしよう」
小十郎は怯える幸村を抱え上げた。ハッと我に返った佐助が腕を掴んで止めに入る。
「待って、小十郎さん!幸ちゃんにちゃんとジュース入れてあげなかった俺様が悪いんだ!やめてよ!頼むよ!」
男が子供達に手を上げた事などないが、佐助は必死になって止めた。そんな母の橙色の髪を撫で、小十郎が穏やかに笑った。
「解ってる。心配しなくても殴る訳じゃねェよ。幸村と話があるんだ」
「じゃあ俺様も一緒に行く!」
「駄目だ。男と男の話だからな」
「俺様も男だから入れてよ!」
「駄目だ、聞き分けろ。お前は子供達のお弁当を作ってやりな」
これだけ食い下がっても男が折れないのは珍しい。本当に傍に居て欲しくないのだろう。言葉に窮した佐助の頬を撫で、小十郎は幸村を抱いて子供部屋へ向かった。二人を見送る母の傍に残った政宗が苦しそうな表情を浮かべた。
「政ちゃん、どうしたの?どこか痛いの?」
「何でもねェ。きっと小十郎……いや、父さんが一番辛いんだ」
「…?」
「それより、仮面ライダーは出来たのか?」
政宗がその話は終わりだとお弁当を覗き込んだ。小十郎作のおにぎりに目を輝かせ、子竜が嬉しそうに笑った。正直それどころではないと思った佐助だが、幸村が出来てから政宗が何かと我慢している事を知っている。一人でいる時くらいはめいいっぱい甘えさせてやらなくてはと、気持ちを切り替えた。
「タコさんウインナーと、ウサギさんのりんごは入れる?」
「あぁ。ちゃんと目を付けてくれよ」
「勿論、お安いご用だよ」
母の快諾に政宗が照れ臭そう笑った。そうして小竜希望の唐揚げの準備に取り掛かる。肉に下味を付けている間にウインナーをタコの形に切って、目にゴマを付けて出来上がり。油を熱して肉を揚げていく。その間に政宗は歯磨きをしてリビングのソファで大人しくテレビを見ていた。
「政宗、待たせた。もうベッドに行ってもいいぞ」
小十郎が戻って来ると、政宗は夜の挨拶をし、幸村の事を何も訊かずにリビングを出て行った。一切の詮索をしなかった小竜に佐助は首を傾げた。
「知恵が付いてきたのに何も訊かなかったね。興味がない訳じゃないだろうに……どうしたんだろ?」
「気を遣ったのかも知れねェな」
「…」
佐助が黙って考え込んだ。成長が早いと感じる事はあるが、それにしても政宗は余りにも聞き分けがいい。
「幸ちゃんにばっかり目が行ってしまうけど、政ちゃんはうんと甘えさせてあげなきゃ駄目だね」
「あぁ、そうだな」
肉を揚げている佐助の隣で小十郎は余った海苔を小さく切っていった。傍を離れなかった男が珍しく緊張している事を察し、佐助はニコッと明るい笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「佐助、お前には黙っていようと思っていたんだが……」
「何を?」
改まった様子に自然と佐助の身体も堅くなった。
「幸村には……その、記憶障害があって、さっきみたいにおかしな事を言ってしまうらしいんだ。だが、それも大きくなれば治まるらしい。だから、幸村に何か言われたとしても……余り気にするな」
「……え?」
この言葉に佐助がサッと顔色を変えた。他に言いようがない小十郎も困ったような表情を浮かべる。
「そんな事知らなかった。政ちゃんもちゃんと産んであげられなかったのに、幸ちゃんまで?」
生まれつき右目の視力が弱かった政宗は、病気で右目を完全に失明してしまったのだ。その事を今でも佐助は気に病んでいて、眼球の移植手術が出来る病院を探し続けているのだ。
「いや、そんなに重い病気ではないんだ。……俺もそうだった」
「そうなの?病院に連れて行かなくても大丈夫なの?幸ちゃんにまで何かあったら、俺……」
佐助の顔から笑みが消えてしまった。こうなるのが解っていたから黙っていたかった。だが、幸村と話をした時、若虎が現れてこう言った。
『貴殿が何も覚えておらぬ佐助を手に入れ、その子として生まれた事に関しては、某も受け入れねばならぬ事だと理解している。だが、貴殿の傍には政宗殿がいて理解もされているが、某にはおらぬ。だからこそ、佐助には思い出して欲しいのでござる。片倉殿はそんな我が儘も許しては下さらぬのか?』
それに関しては何も言えなかった。だが、前世を思い出す事によって、佐助がどんな行動に出るのかは察する事が出来る。小十郎がそう言っても幸村は納得しなかった。もしも彼に記憶があったなら、こうはならなかったはずだ。ならば、彼の子として生まれてくる事もなかったのだ。そう訴える若虎を思い、
「……すまねェ」
まるで懺悔するように呟いた。いつかの政宗も同じ事を言った。ようやく子竜として、独眼竜として、政宗も戸惑いながらではあるが、佐助との生活を楽しんでくれている。それは導いてくれる友が傍に居るからでもあった。だが、幸村の場合はそれが難しい。小虎と若虎の精神が分かれてしまっている為に、導いてくれる友もそれに気付き難いのだ。同じ言葉でも、小十郎からと友からとでは受け取り方が違うのである。考え込んでしまった男の腕に触れ、佐助が不安そうな顔をした。
「小十郎さん、どうしたの?大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。少し考え事をしていた」
「ごめんなさい。謝って済む問題じゃないけれど……俺、幸ちゃんの為なら何でもするよ。だから、何でも言ってくれよ」
「心配するな。大丈夫だと言っているだろう」
寧ろお前の方が心配だと、小十郎は苦く笑った。苦しそうな男の様子に、手早く揚げ物を取り上げると、佐助はそっと夫の手に触れた。
「何か隠し事してる?何かを一人で抱えてるの?」
「……いや」
「俺様じゃ力になれないの?」
「大丈夫だ。お前等を護るのが俺の仕事だろ?お前は子供達を笑顔にするのが仕事だ。お弁当作って喜ばせてやりな」
ポンポンと華奢な肩を叩き、小十郎が目を細めて穏やかに笑った。そんな男の頬に触れ、佐助はそっと口づけた。
「あんたを護るのだって、俺様の仕事だ」
「あぁ、有り難う」
お礼のように、小十郎も触れるだけの口づけをした。すると、
「…ッ」
素直な感謝の言葉に佐助が真っ赤になった。小十郎から与えられる言葉に一喜一憂し、触れられると途端に平静ではいられなくなるのだ。
「ククク……欲しくなったのか?」
「ば、お馬鹿さん。お弁当作るから向こう行ってて」
「あぁ」
そうして青と赤の巾着を用意し、小さなお弁当箱におかずを詰め、ウキウキと作ったてるてる坊主を窓に引っ掛け、子供達よりも佐助の方が楽しみにしているのではないのかと呆れつつ、小十郎はそんな姿を目の端で追っていた。
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