佐助受

□香り香る
1ページ/1ページ

可愛い子供達を寝かし付かせ、料理の仕込みをしつつ時計を確認すると、針は既に日付を跨いだ深夜だった。一人分残っている晩ご飯は、ラップを掛けた状態で冷え切ってしまっていた。
「…」
佐助は時折ぼーっと時計を眺めつつ、野菜を刻んで冷凍庫に詰め込んでいった。そうしていると、玄関が開く音がした。極力音を立てないように気を付けながら小十郎がダイニングへやって来る。
「お帰りなさい、小十郎さん」
疲れた表情をしていた男が佐助を見ると、フッと笑みを浮かべた。
「ただいま」
「ご飯すぐに温めるよ。座って」
「あぁ、有り難う」
男が上着とネクタイを外している間に佐助は料理をレンジに突っ込み、それらを椅子の背に引っ掛けて男が腰を下ろすと目の前にビールとグラスを用意し、男が一息吐いている間に上着とネクタイをハンガーに掛けてクローゼットに直す。まるで佐助が水を得た魚のように生き生きと動き出した。そんな姿を目で追いつつ小十郎がビールで喉を潤していると、
「仕事はまだ忙しいの?大丈夫?」
佐助がおずおずと訊いてきた。ここ一ヶ月ほど、小十郎の帰りが遅いのだ。日付が替わってから帰る事が多く、仕事の途中で軽く胃に入れているのか、晩ご飯も余り食べない。軽く食事をとり、汗を流して寝る。そんな毎日を過ごしていて、酷く疲れているはずなのだ。
「すまねェ、後もう少しすれば落ち着く。大丈夫だ」
それも何度目の言葉だろうかと、佐助は困ったように笑った。


小十郎が風呂に入っている間、佐助は食器を片づけて一足先に寝室へ向かう。時間を見て、余りにも遅いようであれば風呂を覗きに行くようにしていた。疲れ果てて、そのまま風呂で眠り込んでしまうのだ。
「睡眠時間、約四時間。それがもうひと月……そりゃしんどいよね」
土曜は全て出勤し、日曜も昼までか夕方までは帰って来ないのだ。
「…」
家の外では常に小十郎は気を張っている。仕事も一切手を抜かないのだ。その内過労で倒れるのではと気が気ではなかった。佐助は引出しを開けてあるものを取り出した。


ウトウトとしそうになり、小十郎は頭を振って風呂から上がった。睡眠時間が短いのは仕方がない事だが、気が張っているのか眠りも酷く浅いのだ。朝方に仕事をしている夢を見て飛び起き、隣で眠っていた佐助を起こしてしまった事もあった。その時は佐助が起きる少し前だった為、彼は朝食の準備をしに起き、時間ギリギリまで小十郎をそのまま二度寝させてくれた。
「…」
自制出来ていないのは疲れが溜まっているからだ。小十郎は肺の中の息を吐き出し、早々に寝室へ向かった。ドアを開け、
「?」
鼻腔をくすぐるいい香りに足を止める。
「香りが逃げちゃう。ドア閉めて早く入って」
佐助が手招きした。
「どうした?」
尋ねると、
「小十郎さん、かなり疲れてるでしょ?アロマでリラックスして、ゆっくり眠れたらいいなと思って」
佐助が何本かの棒を差した瓶をベッドの上に置いた。

『片倉の旦那は無理し過ぎだよ。ゆっくり眠れるように香を用意したよ』

小十郎は呼吸を忘れた。ほぼ同じ状況、同じ立ち位置だった。

「えっとねぇ、ラベンダーは眠りが浅い時に使うといいんだって」
違うのは、彼がアロマの解説書を見ながら喋っている所くらいだ。
「どうしたの?」
「いや」
「嫌いな臭いだった?他にも、ベルガモットとかカモミール?とかがいいみたいなんだけど、これが一番人気だってお店の人に教えてもらったんだよ」
「そうか」
どうしても口元が緩む。小十郎はベッドに潜り込み、佐助を腕の中に抱き締めた。
「なぁに?そんなに嬉しかった?」
「あぁ。ゆっくり眠れそうだ」
「へへ……へへへへへへ」
照れ臭そうに笑う佐助を抱き締め、小十郎は心が解れていくのが分かった。その夜は睡眠時間は少ないものの、しっかりと熟睡が出来た。


「小十郎さん、起きて。遅刻するよ」
パチッと目を覚ました小十郎に、佐助はホッと安堵の息を吐いた。いつもは疲れが抜けきれずに、すぐには覚醒しなかったのだ。
「ぐっすり眠れた?」
「あぁ、だいぶスッキリした」
「そ?良かった」
そうして明るく笑う佐助に口づけると、サッと頬を朱に染め、そしてはにかんだ。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ