佐助受

□蜜蜂の日
1ページ/1ページ

蜜蜂の日

いい香りに誘われて佐助は居間のソファーで仕事をしている小十郎の後ろに回り、広い背中に顔を埋めた。
「何だ?」
仕事中は邪魔をしない彼が珍しく甘えてきた。
「いい匂い」
「そうか」
フッと目を細めて笑い、小十郎は抱き付いて前に回している彼の手を撫でてやった。佐助は匂いに敏感だった。煙草の臭いを嫌がる彼の為に、ヘビースモーカーだった小十郎は煙草をスパッとやめた。すると、元々好んで付けていた香水を佐助が気に入り、こうして寄って来るようになったのである。
「蜜蜂の気分」
「俺が蜜なのか?」
「ううん。あんたは……えぇっと、肉食花?」
「何だ、それは?」
「もう、お馬鹿さん。誘ってんの」
「仕事中だ」
「ちぇ〜」
本気の言葉ではないのだ。佐助がクスクスと笑う。
「盛ってんなら後でたっぷり可愛がってやるよ」
「いいえ、今相手してくれないなら結構です。残念でした」
冗談のつもりで佐助は笑い飛ばしたのだが、それが男のスイッチを押してしまった。
「そうか」
男が腰を上げた。その瞬間、佐助の視界が反転した。
「!」
小十郎にソファーへ押し付けられている事に気付き、佐助はサッと顔色を変えた。
「な……何してんの?」
「相手をして欲しいんだろう?遠慮するな」
「わ……わ!待って!」
制止の声が聞き入れられる訳もなく、佐助は咄嗟に叫んだ。
「先にシャワー浴びなきゃ嫌だ!」
「そうか。シャワーを浴びればいいんだな?」
「!」
やられた。そう思って羞恥と怒りで顔を真っ赤にすると、小十郎がフッと笑って離れた。
「そんな顔するなら最初から誘うな」
「ば……馬鹿!」
「あぁ、悪かった」
何事もなかったかのように小十郎が再びパソコンに向かう。そんな余裕綽々の男の態度に佐助は柳眉を逆立てた。
「何だよ!抱けよ、馬鹿!」
「そんな誘い方があるか」
「あんたはいつもそんな余裕面してホント腹立つ!俺様ばっかりあんたの事が好きで……!不公平だよ!」
背中に顔を埋めて喚く佐助の言葉に小十郎が固まった。
「俺様がバタバタしてんのを見て楽しんでんだろ、根性悪!」
「誰が根性悪だ」
「あんただよ、お馬鹿さん!」
憤慨する彼の様子にやれやれと嘆息すると、小十郎は再び佐助をソファーに押し倒した。すると、うるさかった口が息を呑んで閉じられる。
「俺をからかって遊んでいるのはお前だろう。お互い様だ」
「……違う」
「本気で俺を誘ってんのか?」
「…」
佐助は口を閉ざした。小十郎が口の端を上げて笑っていたのである。そして、とんでもない事を口走ってしまったのだと気付く。
「俺のどこをどう見て余裕だと思ったのかは知らねェが、淋しい想いをさせていたのは事実のようだな」
「何言ってんの?だ、誰が淋しいなんて……」
そうして強がる彼の橙色の髪をそっと撫でるとピタッと大人しくなる。小十郎が目を細めて穏やかに笑うと、佐助が悔しそうにふいっとそっぽを向いた。あぁっと気付く。口に出して言えば噛み付くであろう『可愛い』という言葉。それを飲み込んで微笑む表情が彼には余裕の笑みに見えるのだろう。
「とんだ勘違いだ」
「…?」
男の言葉の真意を測りかね、佐助が視線だけの問いを投げる。
「俺の方こそ不安だ。気の利いたセリフを言える訳でもねェ。いつお前が愛想を尽かして出て行くか気が気じゃねェんだぜ」
「……何、それ?そんな事今まで一言も言わなかったじゃん」
「お前はいつも軽口を叩いて、俺をからかうばかりだろう」
「……だって」
いつも黙って笑うだけで、明確な言葉を言ってもらった事が無いのだ。不安にもなる。そうして訴えると、小十郎がそっと瞼に優しく口づけてくれた。見上げると、穏やかに笑っている。
「それ、その顔。その顔がやだ」
「俺はその顔が好きだぜ」
頬を朱に染めて待っている、物欲しそうなその顔が可愛い。
「……ば……ば、馬鹿!」
「ククク……クックック」
「嫌い、大嫌い!あんたなんか大嫌いだ!」
「あぁ……クク、そうか」
こうして可愛くない言葉が出てくると解っていたから言わなかっただけだ。小十郎が肩を震わせて笑い、佐助は真っ赤になった顔をソファーに押し付けて悶えた。
「俺は言葉足らずでいけねェな」
「……う〜」
「お前は肝心な事を言わねェのがいけねェな」
「……ん」
大人しくなっていく彼の髪を撫でてやりながら、小十郎はたまにはこうした言葉遊びもしてみるものだと感じた。男の前でしか見せないこんな可愛い表情を明かりの下で見る事が出来るのであれば。そっと髪に口づけて再度パソコンへ向かうと、佐助がそっと背中に擦り寄って来た。
「いい匂い」
「そうか」
「ん」
そうして小十郎の仕事がひと段落するまで、佐助は黙って背中に寄り添っていた。




ラジオからネタをもらって書き上げた小ネタです。
忍ぶような真似はしない現代佐助ですが、匂いには敏感であって欲しいなと思って字の方でも書いてみました。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ