佐助受

□年に一度の願い事
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「ッたく、相変わらずお前は詰まらねェ事を言うな」
呆れたように言った後の、
「じゃあ――」
この言葉。まさかこんな風に言ってくれるとは思わなかった。

その場を逃げ出した後、嬉しくて溢れる涙を止められなかった。


年に一度の願い事


イベント好きの奥州筆頭伊達政宗。この男がこの日に来ない訳がない。笹の枝を背負って、少し大きめの袋を持って、満面の笑みを浮かべてやって来た。それに付き従う男の眉間の皺は深くなる一方だったが、出迎えに来た橙の髪色を視界に収めるとフッと表情が和らいだ。
「Hey、猿。久し振りだな、元気そうで何よりだ」
「いらっしゃい。竜の旦那、片倉の旦那。暑かったでしょ?冷たいお茶を用意してるよ」
「Thank you.それより……真田幸村はどうした?」
いつもは佐助と一緒に出迎えて来る幸村の姿がない。無礼だとは思わないが、あの元気一杯の若虎がいないと少し淋しい。
「ごめんねぇ、さっき道場から帰って来た所で水浴びしてるんだよ。あ、旦那達も汗流すなら案内するよ?」
馬を番に任せて、佐助は空になった湯呑に冷たいお茶を注ぐ。馬を駆けて来たのだから二人とも汗だくなのだ。お茶を一気に喉に流し込み、政宗が汗を拭った。
「山水の滝だから冷たくて気持ちいいよ。すぐ近くだから行く?」
「へぇ、良さそうじゃねェか。案内してくれよ」
「いいよ、こっちだよ」
佐助は先に立って雑木林の中を危なげない足取りで進んだ。すると、冷やりとした森の空気で多少引いた熱が、川のせせらぎで更に落ち着いていく。小川を上流に少し向かうと、滝に打たれる幸村がいた。
「お〜い、真田の旦那!修業は後回しにして、竜の旦那と片倉の旦那に挨拶……」
「うおおぉぉぉぉ、大車輪!」
佐助の声は滝の音に遮られて若虎には届いていなかった。焔を巻き上げて滝を割ると、水蒸気が沸き立ち、熱い湯が辺りに降り注いだ。すぐ近くにいた者には堪ったものではない。
「あちちちち!」
「政宗様!」
「何してんの、旦那!客人が火傷するだろ!」
政宗を小十郎が庇い、その小十郎の前に立ち塞がって佐助が風を巻き起こした。降り注いでいた湯と、立ち込めていた靄を一気に吹き飛ばす。それでようやく幸村が気付き、満面の笑みを浮かべた。
「おぉ、佐助!政宗殿、片倉殿、よく参られた! 」
「大丈夫ですか、政宗様?」
「あぁ、平気だ。お前も大丈夫か、小十郎?」
「はっ」
「どうされたのだ?そんな怖い顔をされて……?」
無言で幸村を睨み付ける小十郎に佐助は苦笑するしかない。若虎に悪気はないのだ。
「あはは……ごめんね、怒んないでやってよ」
「大丈夫か?火傷しただろう」
政宗と小十郎を庇って熱気を一人で浴びたのだ。着物から出ている日に焼けていない白い肌が赤くなっていた。小十郎が顔を顰めると佐助はヘラリと笑ってするりとその腕からさり気無い動作で逃げた。
「平気、平気。いつもの事だし、こんなの怪我の内に入らないよ。それより、真田の旦那!滝ちゃんと冷たくなってる?竜の旦那と片倉の旦那にも入って貰おうと思ったんだけど大丈夫?」
「あぁ、冷たくて気持ちいいぞ。佐助も来い」
「馬鹿な事言わない!もう……さ、どうぞ。あんた達が入ってる間に着替えを持って来てあげるよ」
幸村の言う通り、冷たい水で腫れた所を冷やせばいい。そう言おうとしたのだが、止める間もなく佐助の姿が掻き消えてしまった。行き場を失ってしまった手が空を切り、力なく降ろされる。そんな男の背をポンポンと叩き、政宗が声を落として言った。
「どこまで行っても、とことん忍。アイツはそう言いたいんだろ」
「解っております。愚かなのは俺の方です」
それでも止められないのだろう。不器用だが、真っ直ぐで潔い。そんな気性なのだ。政宗は口の端を上げただけでそれ以上は何も言わなかった。



滝で涼んだ後、屋敷に戻って笹を飾る事になった。
「この飾りも政宗殿の手作りでござるか?」
幸村が目を丸くした。政宗が持って来た袋の中から短冊の他にも巾着や紙衣、投網など、沢山出て来たのだ。それを二人で手分けして笹に飾っているのである。
「そうだぜ。この一つ一つに意味があるんだ。だが、まぁ気にすんな。これくらい飾らねェと地味だろ」
「派手にすれば良いというものでもござらん」
「馬鹿野郎、ちょっとでも派手にしておかねェと、川に流す時に誰のものか判らなくなるだろ」
「川になど流したら下流で誰かが拾うかも知れぬし、ゴミになるでござる」
そう言いながら飾り付けしていく手の動きが遅くなる訳ではない。幸村とて短冊に願い事を書いて吊るすのを楽しみにしていたのだ。
「細かい事を言う奴だな。じゃあ、アンタの焔で空に送るか?」
「任せられよ。灰すら残らず焼き尽くして見せようぞ」
「……あぁ、まぁ、任せる」
「うむ」
嬉しそうにしている所を見ると、本気なようだ。政宗は痛む頭を押さえながら、七夕の段取りを考えていた。
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