佐助受

□※欲しがればよいのだ
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「欲しがればよいのだ、どうせ人はすぐに死ぬ」
そんな言葉を吐く男が現れた。佐助はその男を前に全身が緊張するのが分かった。人間の醜い所を負ったような男だった。否、言葉を換えれば、人の皮を被った悪意と欲望の塊だろう。
――卿からは光を貰おう。卿の心の中に隠した、ソレの事だ――
そう言われた時、悪寒が爪先から這い上がったのを覚えている。名を松永久秀。再びその男が目の前に現れたのだ。肌が粟立ち、総毛立つのが分かる。
「卿は……以前に逢ったかな?そうそう、六爪と楯無鎧の時だ。真田の忍だな」
顎を撫でながらどうでもよさそうな口調で言った。佐助は黙って久秀を睨み付ける。
「そう身構えなくても取って食いはしない」
しゃあしゃあと言う男のそれが嘘である事が佐助には解る。柔らかい口調、穏やかに流れる空気。それは人を欺く為のものなのだ。
「卿の望みは何だ?」
「……忍に望みなんてものはない。けど、今はあんたのその首が欲しいね」
軽口を叩くと男が低く笑った。この笑みがゾッとするのだ。
「ふふ、私が怖いかね?」
「そりゃあねぇ」
肩を竦めて見せると久秀がこちらを向いた。その瞬間佐助は大手裏剣を抜いて身構えた。その早技を軽く手を叩いて賞賛し、男が薄く笑った。
「卿は私が怖いのではなく、自らの欲が怖いのだ。本当に欲しいものは私の首ではなく……」
「黙れ!それ以上口を開くと殺す!」
久秀の言葉を遮るように佐助は叫んでいた。心臓が早鐘を打ったように鳴り、身体が震えだした。何て怯えようだと自分を叱咤する。
「ふ……はははははは、自分で分かっているのなら私がこれ以上言う必要はない。互いにここでやり合っても何の利にもならない。見逃してくれるかな?」
「……ホント、人の神経を逆撫でするのが上手いな、あんた」
吐き捨て、佐助は地を蹴った。そして逃げるようにその場を全力で離れた。
(見逃してくれるかな、だと?明らかに見逃してやろうって言ってんだろ!)
辺りは久秀が雇った兵が取り囲んでいたのだ。背後から男の笑い声が聞こえて来るような錯覚に陥り、佐助は奥歯を噛み締めた。


豊臣の動きを探っていて久秀と偶然鉢合わせした事も幸村と政宗、小十郎に報告し終え、佐助はそそくさと屋敷を離れた。
「まぁ、方向から考えたらまた近江の方へ行くのかも知れねェな」
「歴史的建築物は摂津方面も沢山ありますな」
「佐助に探らせましょうか?」
幸村と小十郎にとっては端迷惑な男だったのだ。政宗はそこまで警戒する必要はないと思ったが、既に姿を消している佐助を幸村が呼んだ。
「佐助?佐助!」
大きな声に佐助が音も無く庭に現れた。
「もう、何よ?」
「何よとは何だ!次の命令を聞く前に離れる奴があるか!」
「解るよ。松永の動きを探るんでしょ?」
「う、うむ。危険だとは思うが、頼んだぞ」
「勿体ないお言葉」
佐助が頭を下げて言った言葉に幸村は小さく首を傾げた。いつものように主人に対する言葉ではない軽口が出て来なかったのだ。その事に小十郎も即座に気が付いた。そして、命令と同時に纏った彼の空気にも。
「行ってきます」
「待て、猿飛!」
「?」
慌てて彼を引き留め、小十郎は庭に下りた。政宗と幸村は黙ってそれを見守っていた。
「松永を見たと言ったな?接触したんじゃねェのか?」
「いや。姿は見られたけど、接触まではしていない」
佐助は嘘を吐いた。こんな風に気遣って貰うような立場ではないからだ。その事が更に闇を落とす要因になっているのだが、彼自身はそれに気付く事さえ出来なかった。小十郎は努めて穏やかな口調で言った。
「だったら、何をそんなに殺気立ってやがる?何をそんなに苛立っている?」
「……あんたには関係ない」
頑なに拒絶し、睨み付けてくる佐助の腕を掴んで小十郎は屋敷に上がった。そして、嫌がる彼を引き摺るように用意してもらっている自分の部屋へ向かった。
「片倉殿、佐助に乱暴は……!」
「Wait! 猿の様子がおかしいのは判るだろ。このまま偵察に向かわせて屍になって帰って来るよりかはマシじゃねェのか?」
「……ッ!」
軽口が出て来なかったのには気付いた。そして、彼がおかしい事にも気付いた。小十郎が声を上げなければ、その直後に幸村が止めていた。この一瞬の差でシクシクと涙を流す羽目になるのだ。ウンザリとしながら、それでも政宗は幸村が落ち着くまで付き合ったのだった。


流石に陽が高い時間帯に布団の用意はされていない。それでも構わず、小十郎は嫌がって抵抗する佐助を押さえ付けた。力で彼が小十郎に敵う訳がないのは承知の上だった。逃げようとした彼の腕を後ろ手に縛り、小十郎は容赦しなかった。それでもその手はあくまでも優しく、佐助に苦痛を与えるような事はしなかった。
「憎いか?」
「うるさい!放せよ!」
「あの野郎に引き摺られんじゃねェ。それこそ思う壺だ。次こそは必ず俺があの野郎を地獄の門の向こうに叩き返してやる。勿論その時にお前の分も叩き込んでやるぜ」
「……」
耳元で囁く低い声にクラリと眩暈を覚えた。胸の奥底で燻っていた暗い炎が消えて行くのが判る。ようやく殺気が収まった彼に口づけ、小十郎は口の端を上げた。
「お前の望みは何だ?」
久秀と同じ言葉だった。佐助は小さく笑った。
「もうちょっとお給料を上げて欲しいな」
「ククク、真田に言っておいてやる」
「へへ。うん、ありがと」
いつもと同じとは流石にいかなかったが、それでも佐助が笑った。小十郎は慰めるようにそっと彼の橙の髪を優しく撫でてやった。


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