佐助受

□大型連休
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初夏にある大型連休がやってくる。黄金週間中の旅費は半端なく高いが、そこを逃せば旅行などそうそう出来るものでもなく、金より思い出という思考の元に休みを満喫するのが一般的である。が、そうはいかないのがサービス業。
「佐助、もう来週の予定は入っているのか?」
幸村が尋ねると、佐助が肩を竦めて苦笑した。
「全く。俺様ずっとフリーです。家でゴロゴロする予定」
「なんと。片倉殿はどうされたのだ?」
「仕事なんだって。せっかくの大型連休なのに、運送業に休みはねェ!ってぶっきら棒に言うしさ」
「ははは、良く似ているな」
「あははは、そう?」
小十郎の口真似をする佐助に笑みを誘われつつ、幸村はソファを占領している信玄を振り返った。若虎が何を言いたいのかを察し、初老の男が目尻の皺を深くした。
「一番いい季節の連休を家でゴロゴロなど、若いもんの言葉ではないのぅ」
「そんな事を言われましてもね。あ、もしかして俺様の休みを取り上げようとしてます?」
「人聞きが悪い。この連休に幸村と温泉巡りをする予定なのじゃ。暇なようなら一緒に行かんか?」
「温泉ですか、いいですね。っても、俺様これ以上給料から天引きされちゃ生きていけませんよ」
信玄は休みの度にいろんな所へ連れて行ってくれるのだが、甘える訳にはいかないからと自分の旅費は毎月少しずつ返していたのだ。それが普通の連休ならまだいい。だが、来週は旅行会社もホテルも稼ぎ時のゴールデンウィークである。通常の倍額の旅費を支払わなくてはならないのだ。それも信玄が泊まるようなホテルの代金を、である。
「だから儂の奢りじゃと毎回言っておるじゃろう」
「そんなの甘える訳にはいきませんって」
「仕方ないのぅ。ほれ、ここから使え」
言いながら信玄が取り出したのは佐助名義の通帳だった。
「何です、これ?俺様こんな通帳作った覚えありませんけど」
「お前が今まで儂に払ってきた金を元手に増やしておいてやったから、ここから使え」
「はぁ?」
中身を確認し、佐助は目を疑った。今まで支払った金額の何倍もの金額が貯金されていたのだ。
「増やしたって、どうやってです?こんなの渡されても困ります!」
「一番当たったのは宝くじじゃったかのぅ。ほれ、それじゃ。それを使って不動産でコツコツ貯めたのじゃ」
「それならこれは大将が使って下さいよ!ってか、コツコツ貯めてこれ?コツコツって大将が言うと腹立ちますよ!何ですか、これ!」
憤慨する佐助に信玄が可笑しそうに笑った。
「儂がやったのは宝くじと不動産のみじゃ。後はお前の給料しか入っておらんぞ」
「俺様はそんなんじゃ騙されません!これは大将が使って下さい!本当に困ります!」
給料を上げろと口煩く言っていた忍とは思えない言動だった。彼には記憶がないのだから当然と言えば当然だが。そんなやり取りをそれまで黙って見ていた幸村が口を開いた。
「良いではないか、佐助。俺もお館様に給料の一部を預けているのだぞ。えぇっと、一言で投資?というやつだ。お館様なら少しずつ増やして下さるからな」
「少しずつって基準が分からないんですけど!俺様本当に……こんなの返せないよ。どうしよう、死んでも返せない」
通帳の金額を再確認し、佐助が蒼くなってしまった。幸村が困ったように信玄を見やる。やれやれと言った風に嘆息し、信玄が顎を撫でた。
「タダでとはいかぬなら、その不動産の管理を佐助にしてもらおうかのぅ。顧客と駐車場の管理や掃除といった事を企業に頼もうかと思っておった所じゃ」
「俺様は大将の護衛です。不動産の管理なんて専門外ですし、護衛が疎かになってしまいます」
「出来ぬ、と言うつもりか?」
「う……」
「少しでも返す気があるのなら……」
「分かりました!やります!やりますから、勘弁して下さい!」
佐助に選択肢など元よりないのだ。
「では決まりじゃ。どこの温泉に行きたいか幸村と良く相談しておくのじゃぞ」
「はい、お館様!」
「……はは」
騙された気がする。そう思いながら、嬉しそうにパンフレットを広げる幸村と一緒に、まるで絵空事のように旅館を眺めていたのだった。


マンションに帰宅し、借金まみれの現状を小十郎に相談すると、
「信玄公らしい」
その一言で片付けられてしまった。信じられないといった風に頭を振って佐助は項垂れた。
「何でそんなに他人事なの?そりゃあんたにとっちゃ他人事だけどさ。俺……借金大王だよ。返せないよ」
「元々返して欲しくて宝くじを買われた訳じゃねェんだろ。たまたま当選して余裕が出来たから、お前の為に不動産を買われたのだろう」
「そうだよ。不動産管理だよ?そんなの俺様に出来ると思うの?」
「綺麗好きで世話好き。仕事も真面目で完璧主義。言う事なしだろ。信玄公が無理な事を要求するか?出来ない事ばかり言わずに、どうすれば出来るかを考えろ。せっかくのご厚意に失礼だろう」
痛烈な指摘に佐助は口を噤んだ。そして渡された通帳を見て引っ繰り返りそうになる。
「こんな金額が入ってる通帳をポンと手渡されて、平気でいられる訳がないでしょ」
「いい事だ。それを持って遊び歩くようならたとえお前でも容赦しねェところだ」
「冗談。怖くてそんな事出来ないよ」
どこまでも真面目で堅実。だからこそ信玄も手渡せるのだろう。
「これで頑張って成功させないと、大将に顔向け出来ない。何とかしないと……」
「ククク。あぁ、そうだな」
小十郎がニヤリと笑った。きっと彼は懸命に働いて成功させるだろう。そうなった時、次に信玄が用意しているであろう道に気付き、可笑しそうに肩を揺らして笑った。その時の彼の慌てた様子が思い浮かぶ。
「なぁに?何がそんなに可笑しいの?」
「いや、頑張れよ」
「言われなくても」
「そうか」
穏やかに笑いながらそっと彼に口づけた。


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