佐助受

□サクラ前線
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武田領にある幸村の屋敷の庭に音も無く影が降り立った。そして――
「散ってるッ!」
佐助にしては珍しく大きな声を上げた。幸村は北から戻ってきた彼に視線を向け、木刀の素振りの手を止めた。
「佐助、良く戻った。……どうした?」
「桜……いつ散ったの?」
花がほとんど散ってしまっている桜の木を見上げて佐助は心底参ったような声音で尋ねた。
「一昨日の雨でほとんど散ってしまったのだ。今年は咲くのも早かったが、散るのも早かった。お前は見ていないのか?」
「そりゃ……北に行く前は三分咲きくらいのを見たけど、向こうに行ったらまだ咲いていないし、こっちに帰って来る途中に綺麗に咲いている地点を見たくらいだよ。こんなに散っているとは思ってなかった」
しょんぼりとしてしまった彼に幸村は首を傾げた。花好きだったのか、と。すると、佐助はキョトンと目を丸くしてから可笑しそうに笑った。
「違うよ。ただ、この季節に木で寝るのが好きなんだ。本当に綺麗なんだよ。花が散ったら毛虫が出てくるから嫌なんだよね。茶色はまだマシなんだけど、緑の毛虫は毒が強いから刺されたら痛いんだよ」
「そ……そうか」
幸村は小さく苦笑を零し、図らずも毛虫の生態を知った。そして各国の報告を聴き、政宗からの文を受け取り、報告を終えた佐助が休息に入ると、ふと幸村は筆を執った。

佐助が完全に花の散ってしまった木に寝転がっていると、蹄の音が近付いてきているのに気が付いた。それと同時に既にそこに彼の姿はなく、幸村は客人を迎えに行くようにと声を掛け損ねてしまった。優秀な忍である。
「ん?あれは……」
佐助が木々の間を駆けていると、並んで走る騎馬を発見した。見慣れた蒼と茶色の陣羽織。
「竜の旦那、片倉の旦那!」
声を掛け、地に降りて騎馬の隣を駆ける。
「よぅ、忍。幸村は元気か?」
「勿論元気だよ。それより、どうしたの?この間行った時、こっちに来る予定は当分ないって言っていたでしょ?」
「あぁ。あいつはマジでいい度胸してるよな。自分の都合で国主であるこの俺をわざわざ呼び出すんだからよ」
「……はぁ?」
素っ頓狂な声を上げて、それはお互い様だと思わず出掛かった言葉を飲み込み、佐助は政宗と小十郎を屋敷まで案内した。
「真田の旦那、お客様だよ」
「あぁ。早かったでござるな、政宗殿。わざわざお越し頂いて有り難うございます、片倉殿」
「我が儘太郎が。俺には感謝の言葉はなしか?」
「失礼な、我が儘ではござらぬ。お願いでござる」
「それを我が儘って言うんだ、馬鹿野郎」
着いて早々喧嘩を始める政宗と幸村に、佐助は驚いて事訳を知っているであろう小十郎に視線を投げた。
「お前が帰った後に真田から文が届いてな。これをお前に、と」
言いながら男が袋から取り出したのは、――
「桜だ!」
そう、桜の枝だった。沢山の花が咲いている桜の枝だったのだ。
「うわぁ、嬉しい!有り難う、片倉の旦那!」
小十郎に満面の笑みを向けて感謝の言葉を言う佐助に、
「テメェ、言う相手が違うだろ!」
「それは俺に言う言葉だろう、佐助!」
言う相手が違うと、政宗と幸村が勢い良く噛み付いた。
「あはは、ごめん。ありがと、真田の旦那、竜の旦那。嬉しいよ」
ニコッと笑う佐助に、喧嘩をしていた二人も仕方がないと言った風に渋々と引き下がった。
「ね、ね。奥州はまだ桜咲いてるの?」
「あぁ。ちょうどお前が帰った頃くらいから咲き始めて、今がちょうど満開だ」
「いいなぁ。お花見はしたの?俺様はこっちに帰って来たらほとんど花が散っててさ。花がちょっと残ってるだけで、ほとんど緑色だったんだ。帰る二日ほど前くらいに雨が降ったらしくてさ……」
小十郎と嬉しそうに話をしている彼を見やり、久し振りに逢った幸村とギャンギャンと言い争いを始めてしまった自分に反省し、政宗は苦笑を零して頭を掻いた。
「あ〜、悪かった。大人げなかった」
「こちらこそ、願いを聞き届けて頂けて、本当に感謝致しております。かたじけのうござる」
改まって頭を下げる幸村の頭をポンポンと叩いてやり、ポカポカと暖かい日差しに政宗は目を細めた。
「ここは暖かいな。もうすぐ初夏か」
「お疲れの様だ。部屋に布団を用意させる故、横になられてはいかがか?」
「いや、ここでいい」
縁側で暖かい日差しを受けてゴロンと横になり、貰った枝を引っ掛ける場所を木の上で探している佐助と、下から指示を出している小十郎を見ながら政宗が欠伸を噛み殺した。
「すぐに枕を持って来させます」
「お?」
「暫くはこれで我慢して下され」
言いながら幸村が自分の膝の上に政宗の頭を置いた。
「ククク、どうせなら柔らかい女の方がいいんだがな」
「破廉恥でござるぞ」
「へいへい」

柔らかな暖かい日差しの中の、そんな穏やかな光景だった。


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