佐助受

□治りが遅い
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治りが遅い

「佐助、脚を痛めているのか?」
学校の帰りに夕飯の買い物に付き合ってもらっていると、幸村が焼き肉用の肉を籠に入れながら尋ねてきた。脚を引き摺っている訳でも、重心を掛けられない訳でもないが、庇っているのがどこかで見えたのだろう。言わなければ気付かれないと思っていた佐助は、目敏い少年にぎくりと内心で冷や汗を掻き、ヘラリと誤魔化すように笑った。
「大丈夫だよ、軽い打ち身だから」
「……」
「ホントだよ。問題ないから心配しないで」
「そうか、何かあった時は無理をするな。俺が中央突破してやろう」
それでは仕事にならないと口には出さず、ふと見知った男を店内で見付け、思わず佐助は頭を低くして棚の陰に隠れた。その慌てた様子に幸村もついつい倣って棚の陰に身を潜め、どうしたのかと尋ねようとした。その時、――
「よう、真田幸村、猿。アンタらも買い物か?……って、何してる?何か店ん中にいるのか?」
政宗がひょっこりと棚から顔を出した。隠れる二人に続いて隻眼の男も棚の陰に隠れる。傍から見れば不審者だろう。
「何でもないから向こうに行きなよ、早く」
「HA?何でもなくて、何でわざわざ隠れてんだ?」
「政宗殿も買い物でござるか?」
「あぁ、あっちに小十郎もいるぜ」
そうして何故か小声で話していると、その一部始終を見ていた小十郎がやれやれといった風にやって来た。佐助が慌てて帽子をかぶって橙色の髪を隠す。
「佐助、どうしたのだ?」
「しー、しー!呼ばないで!」
「?」
キョトンと目を丸くする幸村に、佐助は慌てて自分の口に人差し指を当てた。
「政宗様、そんな所で座り込んでは邪魔になりますぞ」
「何で俺だけなんだよ」
小十郎に腕を掴まれて政宗が立ち上がった。注意深く周囲を見回しても不審者らしき者は見当たらず、嫌な感じもしない。どちらかと言えば、座り込んでいるこちらに注目が集まっているようだ。帽子をかぶって小さくなっている佐助に視線を投げ、小十郎が小さく笑った。
「脚の具合は良くなったのか、猿飛?」
「……う、うん、まぁね。平気だから、向こうに行ってよ。頼むから」
「片倉殿は佐助が脚を痛めているのをご存知なのか?」
「あぁ。目の前で……」
「わー!わー!言わないで!だから向こうに行ってって言ってるのに!」
心底可笑しいのだろう。佐助は慌てて立ち上がり、喉の奥で笑いながら言う男の口を真っ赤になって押さえた。だが、口はもう一つあるのだ。
「あぁ、階段でこけたヤツだろ?それがどうした?」
「階段でこけた?……佐助が?」
「ば……馬鹿ッ!何で言うの!」
「ク……ククク、クックックック……」
その時に一緒にいた政宗が暴露し、小十郎が笑いを堪え切れずに肩を震わせて笑った。真っ赤になって帽子を深くかぶり、顔を隠す佐助を幸村は不思議そうに見つめた。物事を卆無くこなし、完璧なのではないかとさえ思う立ち居振る舞い。だが、それを鼻に掛けた様子も無く、気さくで優しく話し易い。そんな彼が何もない所で転ぶなど考えられなかったのだ。
「階段の下で俺達を見付けて、駆け上がろうとしたところで素っ転んだんだ。思いっ切り弁慶の泣き所ぶつけてやんの。けっさくだったぜ」
「……佐助が?」
「あぁ」
肩を揺らして笑う政宗の言葉に、幸村が信じられないと言った風に目を丸くし、佐助は消え入りたくなった。そんなヘマをするようなボディガードが役に立つのかと、多少なりとも不信感を持たれたら下手をすればクビになってしまう。
「……だからあんたの事嫌いなんだよ。何で言うかなぁ……?」
「いいじゃねェか。減るもんでもなし」
「……減ったらどう責任取ってくれんのよ?」
「その時は俺が代わりに責任を取ってやる。心配するな」
とほほと項垂れる佐助に優しい追い打ちをくれたのは小十郎だった。この男には佐助が言外に何を言っているのかが解るのだ。
「そんな事よりも怪我の具合は……!何故何も言わないんだ、お前は!」
佐助の腕を掴み、幸村が柳眉を逆立てた。
「大丈夫だってば。大した事ないから。さ、帰ろっか。今日は旦那の大好きな焼き肉にするんでしょ?」
「またそうやって誤魔化す!」
語気を荒げる幸村に佐助は苦笑するしかなかった。そんな二人のやり取りを見ていた政宗が佐助の持っている籠の中から肉のパックを取り出して眺めた。
「へぇ、焼き肉か。いいな。俺達も今日は焼き肉にするか?」
「そうですな」
「あ、それなら今日は家に来られるか?皆で食べた方が楽しいし、美味いでござる!」
幸村の提案に政宗が喜び、ギョッと驚く佐助の籠の中へパックを戻した。小十郎は彼が持っている籠に視線を投げて中身を確認した。武田家にしては量が少ない。
「二人分か?信玄公はどうされた?」
「柔道の顧問の要請で出張に出てて、一週間帰って来ない。真田の旦那、お持て成し出来るようなものが家に何もないよ。今から準備してたら晩くなるし……日を改めたら?」
「あ……そうか、急には無理か……」
しゅんと頭を落としてしまった幸村に佐助はすまなそうに謝った。
「じゃあ、こっちから持参すれば問題ないだろ。小十郎」
「そうですな。一度家に帰って必要なものを持って来ます。ちょうど米も炊けているでしょう」
「で、でも……」
「良し、決まりだ。買い足しに行こうぜ、幸村」
困惑する佐助をよそに政宗と幸村がウキウキと肉置き場へ向かった。止めに入ろうとした佐助の腕を掴んでそれを制すると、小十郎が痛めている彼の脚を指差した。
「信玄公も家を空けられていて、お前の脚も本調子じゃねェ。プロが来たら対処のしようがねェだろう。真田はそれを言っているんだ」
「それは……、そうだけど……」
「政宗様は気付かれていないが、足首も捻ってただろ。軽い捻挫でも無理をすれば歩けなくなる。甘えておけ」
「……うん、ありがと」
ボディガードとして失格だと、佐助は苦く笑った。主人を護った名誉の傷ではないのだ。小十郎に渡したいものがあり、逸ってしまったのである。右目と言われるこの男には恥ずかしい所を良く目撃される。それはつまり、佐助の心の動きを左右する存在であると言う事だ。
(慌てる必要なんてなかったのに……自制心、自制心。平常心、平常心)
呼吸法で気持ちを落ち着ける。彼の周りの空気が変わった事に気付き、小十郎が目を細めて笑った。仕事モードに切り替わったのだ。
「さて、真田の旦那を……」
一人にするのは拙い。そう言い掛けた時、悲鳴が上がった。
「人攫い――――ッ!」
佐助が弾かれたように顔を上げ、籠を隅に置いて通路に躍り出ると、黒尽くめの男達に幸村が連れて行かれているのが真っ先に視界に飛び込んだ。
「真田の旦那!」
「政宗様!」
一緒にいた政宗が倒れ込んでいて、小十郎は慌てて主人の元へ駆け寄った。佐助は傍を離れた事に舌打ちし、男達を即座に追った。
「幸村を追え、小十郎!猿は怪我してんだろ!連れて行かれる前に連れ戻せ!」
「……承知!」
軽い脳震盪を起こしながら幸村と佐助を心配する政宗の姿に、小十郎は胸が熱くなった。近くの従業員に主人を任せると、小十郎は佐助の後を追った。
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