佐助受

□皆のメリークリスマス
1ページ/8ページ

夜の帳の下りた武田領。大きな袋を担いだ真っ赤な服と帽子をかぶった侵入者を取り押さえたと佐助の元に報告が入った。
「師走のこの時期に来るって言ったら……また竜の旦那かねぇ?」
やれやれと肩を竦めながら現場へ向かうと、
「あ、来た、来た。ねぇ、誤解だって説明してよ。俺はあんたと幸村を誘いに来ただけなんだからさ」
忍達に取り囲まれて、派手な大男が慌てた様子も無く困ったように笑った。何故か長い白髭を顔にくっ付けたその顔は、前田慶次だった。


皆のメリークリスマス


「風来坊じゃん。何、その格好は?誘いに来たってどこに?」
「うん……幸村は?」
「生憎、旦那は屋敷だよ」
主人に用件があるようだ。それを先行して忍が訊く訳にはいかない。佐助は振り返って手を上げた。
「持ち場に戻っていいよ。もう一人来るかも知れないけど、そっちは下手に挑発しないようにね」
下がる様に合図すると、忍達が一斉に武器を引いてその場から掻き消えた。その一糸乱れぬ動きに、配下の忍達の実力の高さと、彼の指導力と統率力が窺える。慶次は素直に感嘆の声を上げた。
「はぁ〜、優秀だなぁ」
「あはは、ありがと。皆良くやってくれてるよ。それより、そんな大荷物担いで、また京土産?いつもの格好をしてくれば、取り囲むような事はしないんだけどね」
「ダメダメ、何言ってんだよ。今しか出来ない格好なんだから、出来る時にちゃんとやっとかなきゃ。佐助のも用意して持って来たから、後で着替えてくれよな」
慶次が嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。自分の分まで用意してくれているとは思っていなかった佐助は、大男の格好を頭の先から爪先まで確認した。主人と同じ真っ赤な衣装で、袖口や裾口に何かの毛が縫い付けられておりふわふわしている。帽子の先端にもぼんぼりが付いていた。いつもの派手な髪留めを外し、長い髪も低い位置でまとめて縛っており、白髭と相まって一見慶次とは分からない。靴も膝下までの長い真っ赤な厚底の靴を履いている。これで木の上を移動するのは無理だと頭を振り、
「とにかく……真田の旦那のとこに案内するから付いて来て」
大男の言葉には答えず、佐助は松風――慶次の馬――の手綱を引いた。速さも力も日の本一と謳われるこの軍馬は主人以外の人間に触れられるのを嫌うのだが、動物を駆使する忍の長には懐いていた。そんな愛馬の背に跨ると、それを待っていた佐助が踵を返して歩き出した。足音を立てずに進む彼を見下ろしていた慶次はふと視線を上げて周りを見渡した。忍達が追って来ているのか、木々がざわめいている。
「?」
「心配要らないよ。その格好が珍しくて興味があるだけだから」
「ふぅん?まぁ、佐助が傍に居て何かあるとは思わないけど、気になるなら傍に見に来ればいいのにさ」
「基本的に忍は忍ぶものだし、武人の姿を直視するのは失礼に当たるんでね。気配に敏感なのはいい事だけど、あんまり配下を困らせないでやってよ」
慶次が視線を投げた先から忍達の去る気配がする。だが、遠巻きには見ているのだろう。佐助が苦く笑っていると、慶次が可笑しそうに笑った。
「何?」
「佐助は姿を見せてくれるよな?忍の長は忍ばなくてもいいの?」
「いや、寧ろ俺様が姿を見せちゃいけないんだよ。昔は……風魔じゃないけど、姿を見た者は全て殺していたし、真田の旦那が元服してからは極力旦那の前でしか姿を見せないようにしてたんだぜ」
「そうなんだ。何でやめたの?」
興味津々な慶次に、簡単な事だよと、佐助は肩を竦めた。
「真田の旦那が俺様の事を隠さなかったからだよ。どこででも平気で俺様の名を叫ぶし、やめろって言ってるのにすぐに指を差すし……名前も顔も知られちゃったら、もう隠す必要なんてないでしょ?大将も普通にお傍に置いてくれるし、俺様が陣内にいても誰も何も言わない。……武田の方々は本当にいい人達だと思うよ」
そうして苦笑する佐助の肩をポンポンと軽く叩き、馬上で慶次はニッコリと笑った。それは彼が勝ち取った地位でもあるが、何よりも幸村の尽力によるものだろう。最初から忍が同じ場所にいる事が認められていたとは考えられない。軽蔑され、差別されていたはずだ。だが、誰が何を言おうとも、若虎は彼に絶対の信頼を置いており、何があっても彼を庇い護った。悔しい思いをしながら、だからこそ佐助もそんな主人の信頼に応えてきた。その結果、二人して武田の主軸にまで上り詰める頃には、誰も何も言わなくなっていたのである。それどころか、幸村の功績は佐助の功績でもあると言われ、宴に呼ばれる事もあるほどだ。武人と同じ席で酒を飲む事など出来ないと佐助は恐縮し、見回りに行くと理由を付けて逃げ出していたのだが、その度に佐助相手には犬並みの嗅覚を発揮する若虎が追い駆けて来て連れ戻された。
「幸村が主人で良かったな」
「……あはは、ホントにね」
忍を大切にする武人など、あの若者ぐらいだろう。使い捨てろと何度言っても聞かない、根が真っ直ぐな若虎である。だからこそ配下達も幸村を慕い、日々の鍛錬に精を出し、主人の為に強く在ろうと努力している。真田忍の強さはここからきているのかも知れない。そうして暫く進んでいると、暗がりの先に明かりが見えだした。佐助は歩きながらそれを指差し、慶次を見上げた。
「風来坊、あそこに見えるのが真田の旦那の屋敷だよ。俺様は先に報告に行くから、このまま明かりの方に真っ直ぐ進んでくれ」
「うん、有り難う。じゃあ、また後で」
「暗いから気を付けてね」
松風の鼻筋を撫で、佐助が姿を消した。主人の元へ向かった彼を追い、慶次は松風の腹を蹴った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ