佐助受

□戦忍?
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「戻ったか、佐助。報告せよ」
「はっ」
信玄の命で各国の情報を集めていた佐助が甲斐へ戻ってきた。報告を済ませると、信玄が満足げに笑った。
「ふむ、ご苦労だったな」
「九州までの情報が欲しいなんて珍しいですね、大将。何か気になる事でも?」
「情報はあればあるほど良い。それだけじゃ」
にやりと笑う信玄を食えないお人だと感じつつ、佐助は苦笑を零した。
「それより、約ひと月甲斐を離れておったのじゃ。久し振りに幸村に顔を見せてやれ」
「ははは……ホントに、働かせ過ぎでしょ」
「まだまだじゃ。働けぃ、佐助」
「はいはいっと。それじゃ失礼しますよ、大将」
ニッコリと笑い、佐助が姿を消した。信玄は彼の居た場所を見詰め、穏やかに笑っていた。




ひと月振りの幸村の屋敷。ようやく帰って来たと、しみじみと感じている余裕は佐助には無かった。
「何だよ、これは!」
屋敷に入った第一声がそれだった。続いて、舞い上がった埃でくしゃみが止まらなくなった。
「旦那、居る?ただいま」
声を掛けたが返事がない。屋敷の中に気配がない所を見ると、恐らく道場にでも行っているのだろう。やれやれと嘆息すると、窓を開けて回り、空気の入れ替えする。そして、叩きを持って埃を落とし、箒を取り出して落とした埃を外に掃き出す。そうしながら、脱ぎ散らかしている服を掻き集めてタライに突っ込んでいく。
「トホホ……何で帰って来て早々掃除しなきゃいけないんだよ」
幸村は何故か使用人を屋敷に入れていない。曰く、佐助が居ればよい、との事だった。
「そりゃね、ずっと俺様が屋敷に居るならいいよ。でも、長く開ける事もあるんだから……、そう言えば、旦那ご飯はどうしてたんだろう?」
食事も全て佐助が作っていた。幸村には料理の才はなく、食べられるようなものを作った試しがなかったのだ。屋敷の状態がこれで、だんだん心配になってきたが、まずは掃除をしなくては寝る場所も確保出来ない。そうして片付けが終わった頃には太陽がかなり傾いていた。
「うひゃ〜、まずいね。道場に行ってるなら、もうすぐ帰って来るな」
急いで夕餉の用意をしなくてはならない。台所に駆け込み、食料を確認する。が、どこに持ち出したのか、米以外何一つない。日が落ちたら市が閉まってしまう。慌てて金入れを掴み、屋敷を飛び出した。
ギリギリ間に合った市で食料を買い込んで戻ると、幸村が出迎えてくれた。佐助の顔を見ると、満面の笑みを浮かべた。
「佐助、戻っていたんだな!屋敷が綺麗になっていたから驚いたぞ」
「ただいま、旦那。お腹空いた?今から作るから、先にお風呂入ってくれる?」
「うむ、また後で話を聞かせてくれ」
もう少し話をしたそうな顔をしているが、夕餉が遅くなる。佐助の邪魔をする訳にはいかないと、幸村が淋しそうに小さく笑った。内心で謝りながら、佐助は台所に向かう。すると、何故か食料が戻ってきていた。
「やっぱり、どこかで作ってもらっていたのかな?ま、そうだよねぇ」
クスクスと笑いながら野菜を切っていく。




幸村が風呂から上がって来ると、既に部屋に夕食が準備されていた。
「ご飯出来てるよ。冷めないうちに食べて」
「あぁ、久し振りの佐助のご飯だ。頂こう」
「へへへ、どうぞ」
茶碗にご飯をよそって幸村に渡すと、美味しそうに食べ始めた。彼はいつも残さず綺麗に食べてくれるのだ。そんな姿を見るのが佐助は嬉しかった。
「今回は長い調査だったみたいだな」
「うん、九州まで行ってきたよ。あ、そうだ。今回みたいに長く開ける事がまたあるかも知れないんだからさ、使用人を入れるとか、お嫁さんをもらうとか、ちょっと考えたら?俺様はあくまでも戦忍なんだよ?」
佐助はふーと息を吐き出しながら提案した。すると、手を止めて幸村が顔を上げた。
「お前も皆と同じ事を言うのだな」
淋しそうな口調に、拙い事を言ったかと佐助は口を噤んで言葉を待つ。
「確かに、お前がいなくては俺は何も出来ぬ。片付けも、料理も出来ぬし、風呂すら焚けなかった」
「うん、そうだよね……。だから、誰かを雇ったら?」
一応頑張ったのだろう。その様が浮かび、思わず笑いが込み上げる。だが、
「それで、お前はどこへ行くのだ?」
幸村の真剣な問い掛けに、佐助は微かに目を瞠った。
「……え?」
「戦忍だから、何だ?お前は料理も出来るし、屋敷の事を任せられる人間だ。お前一人居れば事足りるだろう」
「…」
仕事が無くなれば居場所がなくなる。
幸村が言いたいのはそこだろう。確かにその通りだが、あくまでもそれは彼の屋敷内での事である。
「家事を使用人がやれば、俺様はもっと外で動けるようになるよ。長期の偵察にも安心して出られるようになるし、旦那は俺様が居ない間も困らなくなる。それが一番いいと思うけど、何が嫌なの?」
「俺は佐助が居ればいいと言っているのだ。お前の作るご飯を食べたいし、お前と話をしたい。お前がいない間はお館様が面倒を見て下さった。迷惑をお掛けした事は心苦しかったが、今後もそれでいいと言って下さったのだ。俺も今のままでいいと思っている」
「……お嫁さんもまだもらうつもりはないの?」
「ない」
「……そう」
即答に項垂れる佐助を見詰め、幸村はポンと手を打った。
「お前が嫁に来れば解決するのではないか?」
「はいはい。馬鹿な事言ってないで、ご飯片付けてね」
「うむ。やはりお前の作るご飯は美味いな」
「ありがと」
サラッと流したが、幸村が爆弾発言をした。どこまで本気で言ったのかは分からないが、やっている事は変わらないのだ。
(俺、戦忍だよねぇ……?)
信玄の命がない時や、戦場に出なければ、常に幸村の世話をしている。自分の立場に疑問を持ちつつ、今日も佐助は仕事をする。


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