瀬戸内

□BASARA de 七夕
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――願い事――

星の輝くこの日、元親は酒を片手に海を渡って元就のもとへ顔を出していた。
「あんたが欲しいものって何だ?」
「決まっておろう。毛利家の永劫の繁栄だ」
何度尋ねても答えはいつも同じだった。それでも、今日くらいは違う答えを期待してしまうものである。
「……ま、俺もそうだけどな」
溜め息のような息とともに言葉を吐き出し、元親は苦く笑った。元親とて四国の繁栄を願っている。だから、それを否定はしない。だが、徹底した彼の態度を見ていると、やはり淋しいと感じてしまう。それを甘いと笑われても、そういう性分なのだ。
「君主としてじゃなくて、あんた自身の願い事はねェのかよ」
返答を期待せずに吐いた言葉が元就を動かした。何が彼の心に引っ掛かったのかは分からないが、顔を上げて視線を合わせてきたのである。
「?」
しかし、さすがにそれだけでは感情を読み取れない。元親は黙って言葉を待った。
「貴様はどうなのだ」
「へ?俺?」
「先に貴様個人の願いとやらを申してみよ」
「う〜ん、そうだな……俺は世界中を旅してお宝を集めてェな。その為にはまず装備を整えなきゃいけねェけどよ」
目を輝かせて笑うと、つられたように元就も目を細めて笑った。
「あんたも一緒に行かねェか?」
「馬鹿を言うでない。国を放って旅になど出られぬ」
「じゃあ、当主じゃなくなったら一緒に行くか?」
「……」
何気なく吐いた言葉が元就の表情を凍り付かせた。息を呑んで黙り込んでしまった彼に、元親は地雷を踏んだのだと蒼褪めた。だが、――
「そうだな、隠居したらな」
予想に反して元就は穏やかに言った。それをまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔でしばし見つめ、元親はハッと我に返った。
「ははは、そっか。じゃあ、それまで待ってやるよ」
「……気の長い話だな」
呆れたように言いながら杯に口を付け、元就は穏やかに口元を緩めていた。だが、それに違和感を覚えつつ、元親は口を開いた。
「あんたの願い事は?」
「……」
「?」
「……戦のない世に……」
そう言い掛けた元就が僅かに目を瞠り、そして、
「国が栄え、平穏であればそれでいい」
ポツリと呟くと、視線を落とした。彼が言葉を飲み込んだのは、恐らく元親が口をポカンと開けて、心底驚いた顔を見せた為だろう。何の言葉も出ないほど驚いたのだ。攻め入る事も、攻め入られる事もない。そんな世を望んでいるのである。本心だ、と元親は感じた。鬼を名乗る男よりも恐れられている彼が、極々稀に見せる本当の顔。そして優しさだった。
(本当は誰よりも国の事を考えて、誰よりも平和を望んでいるんだ)
この戦国の世において。いや、だからこそ、だろうか。いつか彼は同じような事を言っていた。
――天下を取る為に戦をし続け、国を疲弊させる事よりも、国が栄え、平穏である方が良いではないか――
その為には攻め入られる事のない強い国、強い軍が必要である事を元就は知っている。だから、それを作り、それを鍛え上げたのだ。元親は彼のそんな強さに惹かれていた。
「戦のない世か。あんたらしいな」
「生きている内は無理であろうな」
「じゃあ、次に生まれる世は、きっと戦のない世界だぜ」
元親は真面目に答えたつもりだったが、元就に冷ややかな視線を投げられた。
「阿呆か、貴様は」
「何でだよ。笹の葉に願い事を吊るせば、願いが叶うんだぜ」
「……だから阿呆だと言うのだ」
心底呆れたような顔で酒を喉に流し込み、元就はやれやれといった風に頭を振った。空になった杯に酒を注いでやりながら、元親はニッコリと笑った。
「ははは、信じてりゃ叶うさ。次の世でもあんたを見付けて、同じ事を言ってやるよ」
「戦のない世で、か?」
「あぁ。今あんたがこれだけ頑張ってんだから、次の世ではきっといい事があるぜ」
何を根拠に言っているのかと、元就は眉根を寄せていたが、
「きっとあんたを見付けてやるよ」
隻眼でジッと焦げ茶の瞳を見つめると、まっすぐに見つめ返してきた。
「……期待せずに、待っていてやろう」
根負けしたかのように嘆息する彼の頬に触れ、そっと顔を近付けると、元就がゆっくりと瞳を閉じた。許可が下りた証である。元親はそっと触れるだけの口づけをすると、照れ臭そうに笑った。
「自分からしておいて、何を恥ずかしがっておる」
「いや、何か今日は可愛いなと思ってな」
口を滑らし、元親はしまったという顔をした。が、時すでに遅し。口元に笑みを浮かべる元就の顔がそこにあった。
「ほぅ、そうか。可愛いなどと思われても一向に嬉しくもないが、いつもはどう思っておるのであろうな」
「痛い痛い痛い!いつも可愛いと思ってるに決まってんじゃねェか……痛ェ!」
思いっきり元親の頬を引っ張り、元就が冷ややかな視線を投げた。
「阿呆か」
「ヒデェ……」
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったが、楽しそうにしている彼の様子に、元親は口元を緩めて穏やかに笑った。
押し倒せるまで、あともう一息だろうか。
元親は静かに杯を空ける元就を見つめながら、そんな事を考えていた。

力で押さえ付ける事は出来るが、それをしない男が彼を手に入れられるまで、――笹の葉にその願いを書いて吊るしていたのだが、――それからかなりの時間を要したそうである。



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