4leaf clover
□one leaf 1
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「ちょっと華、今の聞いてたーー?」
私は書類を整理していた手を止めると、正面でふくれっ面をしている愛美に向かって『聞いてたよ』と口パクで言った。
あさひ寮の食堂は、平日よりもずっと空いてる。
ましてや今日みたいな布団から出たくなくなるような寒さの朝はなおさらだ。
周りで朝食を摂っているのは、朝から部活がある運動部の生徒や、受験勉強のノートを傍らにラストスパートをかけてる3年生くらい。
私と同部屋の愛美が所属する調理部は休日は活動していない。
でも、バスケ部で平日と同じくらい早く寮を出る私の朝食にいつも付き合ってくれる。
私も愛美ももう10分くらい前に食べ終えていて、ななめ前には空になった食器がよけられている。
バスケ部のマネージャーである私は、次の大会にエントリーするための書類を書くという大役(?)を任されていた。
提出期限はまだ先だけど、こういった空き時間に進めておくに越したことはない。
そこで愛美の口から出たのが”クローバー伝説”の話。
最初はちゃんと聞いていたんだけど、大事な書類でミスは禁物なのでついそっちに集中してしまった。
いけないいけない。
私はあきらめて書類をパタンと閉じると筆談ノートを愛美に見せた。
≪クローバー伝説でしょ?≫
愛美は目を輝かせてうんうんとうなずいた。
その伝説のことなら初耳ではない。
でもどちらかというと私はその話は信じてない。
なんでも願いを叶えてくれるだなんて、そんな都合のいいクローバーなんてあるはずがない、と。
そのうわさが立ったのだって、この町の名前が白詰町だからなんじゃないかな。
私の心の内とは裏腹に、愛美は信じてる様子だった。
「華が部活行ってる間、暇だから探しに出かけようかなぁ〜
部活は今日も午前だけ?」
私はうなずいてノートを見せる。
≪マネの仕事あるから帰りは2時くらいになるけどね≫
「よし!じゃあ夕方映画観に行こ♪」
私は嬉しさで身を乗り出して『何観る?』と口を動かした。
「先週から上映の"six doors"が気になるんだぁ〜!」
私も!と口を動かそうとしたその時、私の頭に誰かが手を置いてくしゃっと撫でた。
振り返って見上げると…
「(さ、桜井先輩!)」
「お兄ちゃん!」
桜井飛鳥先輩は私の部活の先輩で、愛美の兄。
すごくイケメンなんだけど、私はこの人のことが正直……苦手だ。
「やぁおはよう。朝から美女二人に会えて嬉しいよ」
「実の兄貴に言われても嬉しくなーーい!」
まだ私の頭に手を置いてる先輩に向かって私は≪三つ編みがぐしゃぐしゃになります!≫と書いて見せた。
せっかくセットしたのに…。
「はっはっは。ところでたった今小耳に挟んだ"sex doors"についてだが…」
「シックス!!!」
「まあまあ。でだ、せっかく男女3人が揃っているのだからここは一発実演というのはどうかな。
愛ちゃんと俺は兄妹だけど、それもまあ禁断のdoorを開こうということで…」
ドゴッッ
「うげッ!!」
桜井先輩が私の視界から消えた。
「朝から何セクハラ発言してるのよこのド変態!」
「菊地先輩!た、助かったぁ〜」
桜井先輩を強烈な回し蹴りで黙らせたのは、菊地夕夏先輩。
この人もバスケ部だ。
入部当初から今に至るまでずっとお世話になっている、私の尊敬する先輩。
「華ちゃん、愛美ちゃんおはよう。大丈夫?こいつに変なこと言われなかった?」
私は苦笑すると≪いつも通りです≫とだけ書いて見せた。
「…いや、待ってくれ…俺が言いたいのはそんなことじゃない…」
机に掴まりながら桜井先輩がよろよろと立ち上がる。
左の頬が…腫れてる。
「18き……コホン、健全な映画を観るのもいいが、忘れてないか?今日は今月最後の土曜日だぞ」
「あっ」
「(寮生ミーティングだ…)」
毎月最後の土曜日の夕方は寮生が全員集まって連絡事項を伝えるミーティングがある。
いつも大した連絡もなくすぐ終わるのだが、それをすっぽかす所だったとは……うかつだった!
「ヘーエ…さ、桜井もたまには先輩らしいこと言うじゃない」
そういう夕夏先輩の額に汗が滲んでる。
もしかして…夕夏先輩も忘れてた?
「はっはっは。まあ、ミーティング後では上映時間に間に合わないだろうから、ここは夕夏さんも混ざって"sex doors"を4Pで実演し……うがッ!!!」
「下らないからやめなさいっ!!
ほら、もうこんな時間じゃない!!さっさと中島先生に今日の練習内容聞きに行くわよっ」
夕夏先輩が桜井先輩を引きずって食堂を出ていく。
ああ見えてあの二人が男女バスケ部それぞれの部長だ。
ちなみに中島先生というのは顧問の先生のこと。
嵐が去り、私たちはため息をついた。
「はぁぁ…ミーティングかったる…
映画行けなくなっちゃったねー…今度にしよ」
≪そうだね、明日でもいいし。じゃあ、私もそろそろ行くね≫
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね!」
私は手を振る愛美に見送られながら食堂を出た。
いつもの休日の朝食の風景だ。
寮から出て自転車で体育館に向かう。
「(ううー寒い)」
肩をちぢこませ冷たい風を正面に受けながらふと、愛美との会話を思い出す。
愛美はなぜ、クローバー伝説の話をあのタイミングで持ち出したんだろう。
愛美がもし、四葉のクローバーを手にしたら…何を願うのだろう……