短編

□僕と面白くない彼
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 時折、川原にてナカジ君を見かけることがある。いつもと変わらぬ様相でエレキギタアをからからと鳴らしているのだ。今もこの道をはずれた少し遠く、猫背ぎみな彼の背中が見える。別に彼と談笑しようなどとは雫ほども思っていない。しかし、こう思考している間も僕の足は彼との距離を縮めている。笑えない話である。

ふと、違和感に気付き足を止める。近づけども近づけどもあのからからが聞こえないのだ。よく見てみると、彼のギタアは少し離れた場所にある大木に寄りかかっていた。何故だろう。なんとなく僕はこわくなる。声をかけるには遠く引き返すには近い微妙な距離。どうしようものか。

「こないのか」

ごろり、と彼は背中を地面に転がす。突然のことに思わず踵を返したくなった。なんとか走りだしそうになる自分を止める。彼を見れば、眼鏡の隙間から覗く目はこちらを見ていた。そして、左腕には猫。

「…猫、ですか?」
「猫じゃなかったらなんだよ」

にゃあにゃあと音がしたのでそちらを見れば、彼の足にも同様に猫が乗っていた。彼が転がったのをいいことに腹によじ登っている猫もいる。他よりも特に小さく柔らかそうな色をしたその猫はどこかで見た気もした。

「こないのかって」
「え、ああ、いえ」

僕としたことが。何やら想像もしなかった状態にその場で止まっていたなどと。もつれそうになりながらたった数歩を駆ける。そして、少し距離をとって彼の左隣に腰をおろす。猫たちを見れば、少し驚いた様子を見せながらも逃げることはなかった。

「よく懐いていますね」
「飼われてる猫だしな。見覚えがあるからとコレをやったら味をしめたらしい」

コレ、と言う彼の右手には大きくにぼしと書かれた袋があった。そのままがさがさと袋に手を突っ込み数匹掴み取り、一匹ずつ猫へ渡す。手のひらに余った数匹は彼の口へ運ばれた。

「美味しいですか、それ」
「普通」

味付けのなされていない煮干しだ、美味しいはずはない。それでも彼はぼりぼりと食べていた。食に関心がないのだろうか。

「…食うか?」
「遠慮しておきます」

苦いだけでしょう。口に煮干しを咥えないでくださいとも言おうとしたが、その前に煮干しは食べられてしまった。彼ではなく、猫に。

「俺のまで食うなよ」
「にゃー」

先ほどまで彼の口にあった煮干しは猫の口の中でぽりぽりと音をたてていた。彼は少し不満そうな声を出すが、顔は僅かにほころんでいた。面白くない、と思ったのは何故だろうか。

「食うか」
「ですから先ほども遠慮し」

言い終えるより前に胸ぐらを掴まれ前に倒れる。何事だと目を見張れば限界まで近づいた彼と目があった。口にはざりざりと苦味が広がる。不味いので彼の舌を軽く咬んでしまった。

「痛い」
「不味い、です」
「咬まなくてもいいだろう」
「貴方が悪い」

彼は悪びれた様子もなく、くつりと笑う。面白くない。口の中に残った煮干しをがりがりと砕いて呑み込む。少し甘い気がした。



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