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山中さん家の武くん
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「…プッあはっあははははっ」



けたたましい笑い声をあげたのは、冴えない男だった。

冴えない男は、免許証にあった通り、名を山中武といった。
大卒のサラリーマン一年生、一般的な過程を地味に真面目に歩んできた23歳。

しかしまぁ、今の状況と言えば、今年の春に新調したスーツは至るところ擦れてぼろぼろ。両の腕をがんじ絡めに縛られて、録な身動きもとれずアスファルトに転がされている。
周りはぐるりとがらの悪い集団に囲われ、場所は廃れた工場跡地。夏は肝だめしや溜まり場になるこの場所も、少し肌寒くなってきた夜なんかは誰も寄り付かない。

いわゆる、絶体絶命。
非日常で非常事態。

なのに山中は笑うのを止めなかった。
工場跡に似つかわしくない陽気な声が響き渡る。顔を痣だらけにしながらも、その表情は心底愉快そうに歪んでいる。


「何だよコイツ!?」


取り囲んでいた一人が叫んだ。
恐怖に気がふれたにしては、山中の目はしっかりと周りを見据えていた。奇妙で奇異。気持ち悪いと囲いが一回り大きくなったところで、大将らしい金髪の男が溜め息をついた。


「おい、何怯んでやがる」

「だってよぉ、気味悪ぃぜ」


身の丈に不釣り合いな鎌を抱えた少年が答えた時だ。

漸く笑い終わったか、ゲホッゴホッと小さく噎せて山中が黙った。唇がにぃっとめくれている。


「おい兄ちゃん。何がそんなに可笑しい?」


金髪の男が一歩、歩み寄る。手に武器はないが、その頑丈な肉体は、喩え山中が縛られていなくても敵いそうにない。

明らかに一歩ずれた世界を生きているであろう男の問いに、山中はきょとんと目を丸めたが、やはり笑ったまま答えを探した。


「…いやぁ、ははっ、可笑しいっていうかね」


言葉を探すように夜空を見上げる。今日は新月だ。月は拝めないが、星は輝きを増している。

鎌を抱えた少年が今にも飛び出しそうなのを、金髪の男が制していた。


「ようやっと非日常が食い込んできたのが愉しいのと、ここに産まれてからずっと探していた自分の役を思い出せたのが嬉しいのと、その待ち望んだ役割がたったニ頁に過ぎない事実が腹立たしいのと、世界の理不尽さを痛感して虚しいのと…喜怒哀楽が全部混ざって変な感じでさぁ。
で、まぁ、多数決で愉しい嬉しい、腹立つのは馬鹿らしい。そうしたら何だか、笑えてきたんだよ」


要領を得ないが、いかんせん捕まったときに殴られた頭が未だぐらぐらと危なっかしい。
何となく思っていることを口に出せば幾分かすっきりしたが、果たして相手には伝わっただろうか。


――いや、伝わるはずねぇよな。

山中は自嘲気味に、へらりと笑った。

金髪の男はやっぱり良く分からなかったらしく、一度首を傾げてから、少年を制する腕を下ろした。











 
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