しまった!

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額を机にぶつけて目が覚めた。地味に痛いし恥ずかしい。取り繕うように体を起こすと、冷えた体はぎしぎしと不穏な音を立てた。ゆっくり伸びをして首をひねる。窓から朝の透明な光が差し込んでいて、小鳥のわざとらしい鳴き声が聞こえた。どうやら厨房で寝過ごしたらしい。そりゃ、体も強ばるだろう。後ひと月も先なら、凍死していておかしくない。私も流石にうっかりして死にたくはない。いや、今までも危機はいっぱいあったけど。とりあえず暖を取ろうと、かじかむ手で火をおこした。

寝ぼけた頭で考える。私はどうして厨房で寝ていたんだろう。昨日は買い出しに行って、杖向けられて、それが弟で。コンロに乗った鍋に目がいく。あぁそうだ。夕飯を作って、拾い主様の帰りを待っていたんだ。待って…いや待ててないよ。十二時を過ぎたところまでは記憶にあるが、それ以降ぷっつりだ。つまりはそこから今の時間まで居眠りしていた、と。やっちまった。何がって、私は物音で目が覚めるタイプだ。こんなに寒いところで寝ていたなら、尚更。だけど私は朝まで熟睡していたわけで。物音を立てずに上の階の寝室に帰ってくることも、魔法使いなら出来るのだろうか。それなら拾い主様は夕食を食べていないことになる。ここ重要。
え、何、私が寝てたから遠慮したとか紳士なノリですかまさか。今まで雑い扱いしてきたくせに!いやまぁ、拾われた身だからそれで良いんだけど。でもやっぱりそういう気づかいは嬉しいというか、耳が無性に熱くなるというか、私も一応女の子なわけで…ごにょごにょごにょ。だけど同時に自分の無能っぷりが心に刺さる。二段攻撃は卑怯だ。兎にも角にも、何やってるんだよ私!主人の帰りを待たずに寝こけるとかっ。料理も出さずに逆に気を使わせるとかっ。クビか、またクビなのか。そもそも雇われてはないのだからクビも何もない気がする。1ヶ月か、最短記録だ。

近所迷惑なんて気にせず階段を駆け上がった。この音で起こしてしまうかもしれないという考えが吹っ飛んでいた辺り、やっぱり私は失格なのだけど。



「すいませんご主人、様、…?」



いつもはカーテンに覆われていて暗い部屋が、日の光に照らされていた。私が昨日空気の入れ換えをして、そのままだ。ナギニ君もいない。ベッドは言わずもがな、空だった。帰ってない?午前様?寝起きの頭をフル活動して推測した <拾い主様紳士説> は木っ端微塵に散った。ついでにクビのリスクも減った。
別の部屋を見る。空だ。どこにも居ない。遅くなるとは言っていたが、帰らないとは言ってなかったはずだ。出先で何かあった?そう考えれば今度は血の気が引いた。こういうとき、私の想像力は無駄に高ぶるらしい。一度思いつけば、勝手に悪い方悪い方へとあることないこと想像してしまうのだ。ネガティブ思考そのもの。最悪のパターンを考えていたら、少しはマシに思えて楽になる。

昨日の二人は拾い主様のことを探っていた。良い雰囲気でないのは明らかだった。拾い主様が何をしている人なのか‐私は今まで触れないようにしていたが、それでも言葉の端々から推測は出来る。消したという前の料理人。毒が紛れた調味棚。彼は人に狙われる立場であり、彼は人を消せる立場である。それはどう転んでも善人には思えなくて。言っては何だが、見た目的にも悪役さながらで。昨日の眼鏡君、確かポッターさんの、彼が誰だか知ってるかという問いかけが妙に頭に響いた。



「知らないわよ、そんなこと」

「知りたいかの?」



呟いた言葉に、返答があった。
第三者の声だった。












 
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