しまった!

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伏した屍がまき散らした血液が、黒いローブを斑にした。あの老いぼれ爺が設立した不死鳥の騎士団は、日々勢力を広げている。裏切り者が後を絶たない。裏切りには見せしめが必要だ。足元に転がる輩は今までの者より随分と骨があった。おかげで俺様の服が汚れてしまったではないか。幾分重くなったローブを引きずって、踵を返す。死喰い人の一人が後ろをついてきた。振り向きざまに杖を構える。眉間にねじ込み無言呪文で吹っ飛ばした。吹っ飛んだ先にいた別の死喰い人がさらに杖を構えて呪文を唱えた。緑の閃光が闇夜に光る。どさりと落ちた身体はびくりと震えて動かなくなった。

本当に、多い。思わずため息を落とせば、後ろの集団が身を強張らせた。死喰い人に潜入する者が増えたのはここひと月だ。自然に紛れ込まれるということは、向こうに行動範囲が読まれているらしい。気にくわない。ひと月と言えばアリエスを拾った頃だ。となればあの屋敷が探知されたか。もとよりそう長居するつもりはなかったのだ。前の料理人があちらと繋がっていたのなら、居場所がばれている可能性は高い。成り行きで綺麗にしてしまったためずるずると居続けたが。そろそろ、変え時らしい。



「我が君」

「何だ」

「アリエスについて、少しお耳に入れたいことが」



フードの下で相変わらずの下卑た笑みを見せて、ペテグリューがすり寄ってきた。汚らわしい。それに、何故こいつが此処に居る。今日は騎士団の会議とやらで抜ける筈だった。不本意だがあちら側の情報を得るのにこいつは欠かせない。それが、こんなところで何をしている。文句代わりに呪文を唱えようとしたが、アリエスの名前に意識が寄る。あいつが何だという。周りの死喰い人を散らせ、漸くペテグリューは口を開いた。



「御屋敷が奴らにばれました」

「あぁ」

「っご存知でしたか」

「気付かないでどうする。それだけか」

「いえ、接触がありました。あちらのメンバーです」

「…何?」

「奴ら、アリエスに目をつけたようです。市に行って帰ってきたところを、接触しました」

「それで」

「騎士団の計画では、元々アリエスを一般人と見なし、情報収集のため名目上は"保護"すると」

「それで」

「ひっ…け、結果は失敗です。ですが、後日改めて――」

「どうして失敗した?」

「い、いえ…その、」

「どうして、失敗することがある」



ふつ、と身体の中心が疼いた。脂汗をかく小男は視線をうろつかせて、下を向いた。
アリエスは魔法を当たり前のように許容しているが、マグルに違いない。その保護とやらをアリエスが断る理由が思いつかないが、それに関しては端から逃げる気のない普段の様子を見ていれば無理やり納得することは出来る。それでも、だ。ただの女を、どうして騎士団は取り逃したのか。接触までしておきながら。
杖を向ければ、ペテグリューは顔を跳ね上げた。



「言え」

「わ、私は後から聞いたのですが、」

「言え」

「ブラック家をご存知でしょうか」

「…純血貴族の名家か。お前のお仲間にも居たな?血を裏切るクズが」

「は、はい、そのブラックです。どうやらアリエスはあの家の出らしく…」

「マグルではなかった、と」

「ですが魔法は使えません、それは確かです。アリエスの弟によればスクイブという話で、家を追い出されて久しいよう、です」



しどろもどろ言葉を連ねる。新に口を開くごとに、疼きが身を焦がした。
接触して、逃れて。その間にあるのは裏切りの代償か。無知なあいつを游がせて。騎士団の輩は、あいつまで手駒にする気なのか。

ふつ、ふつ、今や煮えたぎるように内から沸き上がるのは、失望か、憤怒か、焦燥か。渦巻いた感情は、何故だか今までに感じたことがない。ただ、気持ち悪い。自分が、闇の帝王と恐れられる俺様が、ただのひと月であの女へ欲を見いだしたことが、気持ち悪い。拾わなければ良かった、か。アリエスのもつ馬鹿らしさは、帝王としての仮面を溶かそうとする。あれは、中毒性の高い毒だった。取り柄は料理だけ、そんな平々凡々な忌むべきマグルを…いや、穢れたスクイブを、どうして何時ものように消してしまわなかったのか。悔やまれる。どろどろと身体中を巡る生暖かな感覚が、心地よいだなんて。珍妙な平穏の空気にほだされるなど、自分が深層心理でそんなものを望んでいたのかと思うと吐き気がした。



「屋敷を変える」

「アリエスは…」

「放っておけ。いつか勝手に出ていくだろう」



給料代わりに彼処をくれてやってもいい。どうせ、どちらも用済みだ。








見つけてしまった。

人間らしい感情に蓋をした。



 
 

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