しまった!

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「学校って楽しいところ?」



三つ下の弟の問いかけに、私はうんと頷いた。それは嘘偽りのない答えだった。

父母は、私が魔法を使えないことを知っていた。幼いころから何の片鱗も見せなかった私に、既に希望を絶っていた。もともと、何をやらせても満足に出来ない不器用な子供だ。期待なんて端からしていなかったのだろうが。そんな私にホグワーツからの入学許可証が来たのは、奇跡だと思う。それが来たとき、母は胸を撫で下ろしていた。出来損ないを産んだ責が自分に回ってくると気が気じゃなかったらしい。だけれど、やはり駄目なものは駄目だった。私は入学後も魔法が使えず、決定的にスクイブの烙印を押された。成績が良いのは魔法史や魔法薬学、杖を使わなくても出来るものだけ。変身術や呪文学なんて、先生がお情けで筆記の点数を加算してくれただけで、実質零点だ。羽の一枚も浮かせられないのだから。それでも、学校は楽しかった。両親の冷たい目線の代わりに、スリザリンの名高い家の子たちからの訝しむ目が痛かったが。先生方はどうにかして私に魔力を見出そうとしてくれたし、友人もいた。私をちゃんと人間として扱ってくれる人たちがいたから、家にいるより何倍も笑うことが出来た。スクイブ[成り損ない]の私には、たった一年だけの居場所だったけれど。



「楽しいところよ。同い年の子が沢山いるて、勉強して、遊んで、一緒に生活するの」

「勉強はやだなぁ」

「お家でする勉強とは違うもの。シリウスならきっと好きになるわ。お友達だって、」

「パーティーで会う奴らは嫌いだ。親に言われてへこへこ後をつけてきてさ」

「いいえ、そんなのはお友達って言わない。良い?お友達っていうのはね――」




未だ家と、家同士の繋がりの場しか知らない弟に、私は学校の、外の広い世界のことを話した。普段私が弟に教えることなどないから、嬉しかったのだ。それは何でも出来る彼にするには身の程知らずな真似だったかもしれないが、それでも知っていてほしかった。魔法使いは純血だけじゃないってこと。魔法使いもマグルも、同じ人間だということ。友達は、決して媚びへつらう関係じゃないってこと。母がしてくれた余計な教育に縛られていてはいけない、はみ出し者の私は反抗心からそう考えていた。それは末の弟にも諭したかったのだが、彼は母からの厳命「アリエスに関わらないこと」を忠実に守っていたため、話という話をした例がない。手遅れだと諦めていた、というのが本音だ。その点、弟は‐シリウスは好奇心旺盛だったためか、母の目を盗んでよく私に声をかけてくれた。家に居場所のない私には彼が救いだったのだ。
私がスリザリンじゃなくレイブンクローだったから、ただ単に自分がそういう理由で嫌われたくなかっただけかもしれないが。それでもその母の教育がどれだけ滑稽なものなのかを、私は学校で確信した。自分の考えを押し付けるつもりもなかったが、家を継ぐであろう弟に間違った道を歩んでほしくなかった。

この時の私は、今まさに家を追い出されようとしていた。実際、餞別すら貰えず、着の身着のままで放り出されたのはこの数日後だ。最後に弟と話したのは、今から考えればそんなこっ恥ずかしい内容だった。



――隣にいたのは友達だったのかな。



くつくつと泡を吹きだした鍋のふたを取れば、トマトとハーブの匂いが厨房に広がった。考え事をしながら料理していたわりに、調味料を間違えるというポカはしなかったらしい。味見したスープは会心の出来だった。

弟を嫌いだったわけじゃない。会いたいと、思わなくもなかった。だけど私は、もういない存在だから。成長した彼がどういう考えを持っていようが関係ない。彼には家にいた頃十分救われた。十年以上経っても恩返しは出来そうにないが、さらに救ってもらうほど私も図々しくはない。



――私の拾い主様に何の用だったのかは知らないけど、何にしろ、あの仕草はお母様の趣味ではなさそうね。












 
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