しまった!

□Z
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実を言えば、私は"魔法"を知っている。童話の中のおとぎ話なんかじゃなく、ちゃんと存在していること。魔法使いや魔女がこの世にはいて、魔法魔術学校や魔法省なんてものまであること。ロンドンの裏には魔法使いの街があること。キングス・クロス駅には9と3/4番線があること。魔法を知らない人間をマグルと呼ぶこと。魔法使いの血筋なのに魔法を使えない私みたいなのを、スクイブと呼ぶこと。
そう、私はスクイブだ。其なりの名家に産まれたくせに、仮にも純血のくせに。本当、何処まで成り損ないなんだろうか、私は。親戚たちは嫌味なくらいお綺麗な顔をしているのに、私は普通の平々凡々。頭は悪くはないと思うが、要領が悪いしそそっかしい。出来の良い弟たちが居たおかげで、両親が私を見放すのは簡単なことだった。御家の恥だと外に出してもらえなかった幼少期、あまつさえ魔法も使えないと分かった時は躊躇なく縁を切られた。それから、十余年。良く生きてきたものだ。何だかんだで身につけた、唯一の取り柄の料理の腕を売って雇われて、クビになって、雇われて、クビになって、雇われて、クビになって。何回繰り返したか忘れたが結果はどん詰まり、にっちもさっちもいかなくなった1ヶ月前。奇跡的に初の路上生活を始めた最中に、拾われて。またその先が魔法使いのお屋敷だとは。
改めて滑車のついてい井戸を見た時はゾッとした。だけど、そうだ、助けられた時だって、拾い主様は杖を使っていたんだから。彼が、彼らが魔法使いだって、分かっていたんだ。見て見ぬフリをしていただけで。世界は狭いね。え、意味合いが違う?



「おはようございまーす、ご主人様。今日は早いですね、御予定か何か?」



珍しくお昼前に起きてきた拾い主様に呼ばれ、ハーブティーを淹れて寝室を訪れた。基本夜行性だからね、この人。今もまだ眠気と戦って眉間に皺を寄せている。そんな表情も渋いっすね。まぁ、昨日のお帰りは日付が変わってからだったし、仕方がないと言えば仕方がない。人間最低でも六時間は眠らないと。
折角屋敷が綺麗になったのに、カーテンを閉めっぱなしにしているせいで、寝室はどうにも湿っぽかった。いや、ベッド下に大蛇が巣くってるせいかもしれない。因みに名前はナギニ君。丸々太ってて美味しそうだな、なんて考えていたら、彼はベッド下から赤い目を光らせて私を威嚇するようになった。本能って凄い。



「あぁ、外に用事だ。今日も遅くなる」

「ならお昼は要りませんね。夕食はそちらで?」

「…いや、向こうの食事は口に合わん」

「あら、ならお口に合うものを用意しておきますね。今日は冷えますから、何か暖かいものにしましょうか」



そう言えば満足そうに頷いてくれた。何か今、一端の使用人っぽくないか、私。ここひと月で急成長の予感だぞ、これは。一連のうっかり行動でスキル的に問題ありの太鼓判を押され、だからこそ料理以外には期待されなくなったのだが、まぁこれは職を変える度に一度は通る道だ。それでも放り出さずに、破格の条件で人間的衣食住を提供してくれるなんて…普通に就活するより良い目にあってる気がする。逆に申し訳なく思わないでもない。だからこそ少しでも役に立ちたいのだが、あれ、これって考え方おかしいのかな。私の価値観はとりあえず生きてられれば御の字なのだから、何の問題もないけれど。
帰宅時間ははっきりと分からないが、昨日よりは早く帰ると拾い主様は言う。その顔がほんの少し緩んでいた気がしたが、気のせいか。暗いせいで良く見えなかった、チッ。置かれた空のカップを回収して、足元に注意しつつ寝室を後にした。…生着替えはね、流石にね、一応私も婦女子なのだし。

さて、今日は何をしようか。昼食は自分だけなら有り合わせで十分だし、時間も掛からない。夕食はどうしようか。時間があるから買い出しに行ってから考えてもいいかもしれない。
考えていると、玄関で物音がした。階段を降りる音がしなかったから、また魔法でも使ったのだろうか。見送りついでに出掛けようと、買い物かごを引っ付かんだ。











 
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