しまった!

□W
1ページ/2ページ


放心状態から脱した女は、表情がころころ変わる。胸を張って料理人を志願してきたが、果たしてこの女、アリエスとやらは自分の置かれている状況が分かっているのだろうか。
まぁ先日、前の料理人を消したのは事実。そしてペテグリューの料理がとんでもなく不味かったのも事実。料理が出来るというのなら使い道として悪くないが、そもそも俺様はこいつに興味を持って屋敷に連れ帰ったのだ。使い方を考えるのは後でいい。

何処の馬の骨とも知らぬ奴の作った料理を食べるというのは抵抗があった。何しろ、前の料理人はあろうことか俺様に毒を盛ろうとしたのだから。故に誰かに毒見をさせてやろうと思ったのだが、生憎この屋敷には今俺様とこの女以外誰もいない。元より小さな隠れ家だ。管理しているペテグリューは買い出しにでも行っているのだろう。まぁ本人に毒味させればいいかと納得して、アリエスを厨房にやった。
それから半時。目の前のグラタンはふつふつと熱そうな湯気を吐き出している。毒見以前に口内の心配が必要だ。猫舌ではないが、食べるのに勇気のいる音がするそれを前に構えていると、アリエスが水を要れたカップを用意していた。何の準備だそれは。



「俺様に火傷させる気か」

「すぐに水を飲めば大丈夫かと」

「ならお前、先に食え」

「いやだな、ご主人様のために用意した料理をシェフが食べて良いわけないじゃないですか」

「毒見しろ、許す」

「ありがたき幸せーとか言いませんよ。私猫舌なんです。それに焼く前に味見しましたから問題ないです」



無駄に良い笑顔であげた親指を折りたくなった。
マグルとは言え、俺様を知らないとは言え、自分を勝手に拾った輩を前に、どうしてこいつはこうも平然としている。気安い態度に苛々するが、何分久しぶりの感覚に少し戸惑った。俺様を怖がらないのか、こいつは。畏怖の念を抱かないのか。
立場も弁えず良く回る口に、すくったグラタンをひと匙押し込んだ。



「んむっあぐっはふっ熱゛ー!」

「水を飲めば大丈夫なんだろう?」

「はら、ひずくだはいよ!(なら、水下さいよ!)」

「自分で汲んでこい。井戸は厨房の裏手だ」

「鬼!」



ぎゃーぎゃーと喚きながら、それでも素直に厨房へ駆けていった女は馬鹿なのか従順なのか底が知れない。多分前者だ。いや、確実に。
慌ただしい足音が途切れて、変わりに玄関から物音がした。漸く静かになったというのに、ペテグリューが帰ってきたらしい。俺様の帰宅を確認したのか、今度はどたどたと廊下を踏み鳴らす音と荒い息が部屋に近づいてきた。ネズミのくせに、もう少し俊敏に歩けないのか。奴の間抜けな足音は扉の前でぴたりと止まり、一瞬間を置いてノックした。毎度この一瞬の間が鬱陶しい。どうせあの下卑た笑みを張っつけているのだろう。声を掛けると、閉まりきっていなかった扉が鈍く開いた。



「わ、我が君、お帰りでしたか」

「あぁ」

「帰りが遅くなりまして申し訳ありません、今昼食を…そちらは?」

「先ほど新しい料理人を拾った。本人に毒味させたが、どうやら味には問題ないらしい」

「そうでしたか。その料理人とやらは何処に…」

「裏の井戸に――」

ボチャン

「――落ちたようだな」











 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ