しまった!

□U
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パチパチと瞬きを繰り返す女は、叫びも怯えもせず俺様をじっと見た。そんな反応をされるのは初めてだ。これは良い拾い物をしたかもしれない。


女を見つけたのは、魔法省に潜伏する従僕と連絡を取った帰りである。
細長い雑居ビルの隙間に、段ボールを家に見立てる浮浪者。いつもはそんなもの、視界に入れたくもないのだが。ふいに視界をちらついた奴らに、苛立ちを覚えた。こいつらが死んだところで世界は何も迷惑しないのだろう。マグルだ。マグルの中でも下層の人間だ。俺様が直々に手をかけるまでもないが、どうにも目障りである。今度誰かに排除を命じようか。ルシウスなどどうだろう。あいつはこういった輩を特に忌み嫌う。きっと苦虫を噛み潰したような心持ちで、畏まりました我が君、などとのたまうはずだ。何とも愉快じゃないか。

思惑通りにいけば、いや確実に、明日には奴らは姿を消す。ならこの汚ならしい光景も見納めか。哀れなものだ。喉の奥で込み上がる笑いを堪えて、踵を返した。返そうとした。
段ボールの群れの中に、ひとつ。捉えた文字がいやに目を引いた。


拾ってください。


見間違いかと思ったが、段ボールにはでかでかと子供の字でそうかかれていた。捨てられた動物か。なら何であの群れの中にいる。下にいるのは人間だ。浮浪者だ。
今日はいつもより気分が良かった。そしていつもではあり得ない程、その段ボールの下の住人に興味が沸いた。拾ってほしいのか。自分から社会を捨てた身でありながら。

珍しくも、今日はもう予定はない。興味本意に動くのも、悪くない。なんせ、それは今や闇の帝王と名高い俺様の目を捉えたのだ。勘はいい。
あの下には、何か面白いものがいる。
捨てられた子供が健気に書いた文字かもしれないが、それならそれで、ナギニの餌にすればいい。それだけだ。俺様が、拾ってやろう。お優しい俺様が。

目的の屋根に近寄れば、周りは年老いた男ばかりだというのに、中にいたのは若い女だった。二十を少しばかり過ぎた女で、血色は悪いが肌には張りがあり、着ているものも他の奴等より幾分綺麗だ。まだこの生活は長くはないらしい。
容貌は、可もなく不可もなく。特別整っているわけじゃないが、閉じかけた瞼に被さる長い睫毛は髪と同じ銀色で、妙に神秘的に見せた。方膝ついて顎を乗せ、うつらうつら船をこいでいる。暢気なものだ。
その存在は他の浮浪者の中でも浮いていた。ひと月もここにいたら馴染むのだろうか。いや、この女は変わらないだろう。女というものは、力は弱いくせに精神に一本、太い芯をもっている。この女は、それが目に見える程、他の女よりも屈強な心を持っているらしい。

ここには、勿体ない女だと思った。
端から拾う気で、拾って退屈しのぎにするつもりで足を運んだが、やはり俺様の判断は正しかった。
まだ中身は見えないが、少なくとも若い女だ。綺麗にすれば見れないでもない。万一つまらなければ、慰みにでもしてやろう。具合が悪ければ誰かの褒美にしてやってもいい。
何にしろ、損はしない。

話し掛けた俺様に、女は反応しなかった。舟を漕いでいたが、本格的に寝入ったらしい。なかなかに、図太い。
寝ている女を屋敷に連れ帰った。


そうして、今。目覚めた女と対峙している。
一分近く、女はやはり瞬きを繰り返す。いい加減別のアクションが欲しくなった時。
ぽかんと開いた口がぱくっと空を噛んだ。



「スミスさん…とうとう毛根死滅しちゃったんですか!?」



…状況が分かっていないのだろう。
この女は随分と哀れな脳を持っているらしい。










間違われてしまった。

こいつの神経はどうなってる。



 

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