しまった!

□T
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――拾ってください。


そう書いてある段ボールの屋根の下で暮らすこと早三日。
自分でも一体何を馬鹿なことをやっているのだと思う。思って、こぼれそうになったため息を慌てて吸い戻した。これ以上幸せを逃がしてなるものか。
いいか自分、疑問に思ったら負けだと思え。思い込みさえすれば、ほら、道行く人の白い目も気にならない。路上生活は素晴らしいとは言えないけれど、想像以上に気楽なものなんだぞ。生涯学習。何でもやってみなけりゃ分からないってな。
だからそんな哀れみの目で見んな、そこのでっぷり太った有閑マダム。同情するなら金をくれ。

だいたい、マイホームの屋根の「拾ってください」は私が書いたものじゃない。
丁度いいサイズで、しっかりしていて、なんと防水機能までついている、そんな屋根に最適な段ボールを見つけたと思ったら、そこには既にでかでかと書いてあったのだ。子供の字で。きっと以前はこの段ボール箱の中に何かしらの動物が捨てられていたのだろう。あぁ世知辛い。元の住人がちゃんと優しい人の家で愛されていることを祈る。

まぁ、私はさして「拾ってください」の文字を気にしていないのだが。一番実用的でかつ一番目立つ屋根にするくらいに気にしてないのだが。どうやらこの文字が世間に与える衝撃は並々ではないらしい。
確かに私が道行く側だとしたら、二度見ならず三度見くらいするかもしれない。
だって何かやるせない。得意料理だと言って缶詰めオードブルを振る舞う友人を見た時並みにやるせない。心優しい先住民の方たちに比べても、私を格段に不憫に見せるのだ、この七文字は。だからといってこの高性能段ボールを手放す気は更々ない。少しでも快適に過ごすためのアイテムをそう易々と放すなんて無理無理あり得ない。

だいたい何故、私みたいな何の変哲もない平凡女(23)がこんなとんでも体験をしているのか。そこには酒を片手に一晩語るような深いワケが、残念ながら全くない。ただ単に、勤務先だったレストランに首切り宣告されて、路頭に迷っているだけである。ちくしょー。塩と砂糖間違えるなんて可愛いミスじゃないか。片栗粉と小麦粉間違えるのだって可愛いミスじゃないか。分かってるよ、自分が悪いのは。だけどやっちゃうんだよ。つい。そうさ、私は生まれついてのうっかり者だよ。アパートの家賃払うのだってうっかり忘れてたんだよ。私の馬鹿!
という経緯で路上生活。この世の柵から解き放たれた自由人たちの仲間入り。柵よカムバック。私はまだ不況に溺れ苦しむ社会人でいたい。

何だかんだで、いくら住めば都精神旺盛な私とて、段ボールをマイホームと呼び生きるのはこの三日で限界が見えてきた。娯楽がない。仕事もない。勿論金もない。えっちらおっちら重い足取りで進む時間に殺意が芽生えた。絶賛成長中だ。
いや、勿論そんな理由だけではない。コンクリートに新聞一枚での熟睡はまだまだ難しい。私は素人だ。成長期はとうに過ぎたとはいえ、背骨と尾骨に宜しくない。全くもって宜しくない。結果、今まさに方膝立ててうつらうつらしているわけだ。思考回路が支離滅裂なのはそのせいだと思ってもらいたい。
後世のためにも人生に一度は体験すべきだとは思うが、一日でいい。寧ろ数時間がいい。感想文書いてはい終了、くらいのノリがいい。
それに近頃は何だか世の中が鬱々とした雰囲気で、至るところで謎の失踪事件や変死事件が多発し、物騒この上ない。一応これでもうら若き女である自分が、こんなご時世でうかうか段ボール生活していていいのか。いいわけないだろう。良く三日も何事もなく生活出来たな私。だってこの「拾ってください」下手したら非常に危ない意味にとられかねないと思う。



「おい女、拾ってほしいのか?」



なんて低い声で呼ばれて拐われたりね。そっから犯罪に巻き込まれたりね。
あれ、でも私の場合拐うという言葉で合ってるのだろうか。住所不定無職な私は、その通り住所が不定なわけだから。捜索願いだって出ないのだし。受動的失踪、くらいが妥当か。あれ、何か惨めだぞ。でも少なくとも私は被害者気どりたい。
というか、私を拐っても体以外に使い道ない気がする。だって、うっかり者。何をするにも、何かしらやらかす。唯一好きな料理だって、単純ミスでレストランを追い出されたくらいだ。もし私を拾おうとする酔狂な人がいたら、クーリングオフ期間を設けてないことを先に伝えた方がいいかもしれない。拾うなら拾うで最後まで責任もてる人がいい。だんだん捨て猫の気持ちが分かってきた気がする。



「俺様が拾ってやろうか?」



まさかの俺様キャラに拾われたりして。じゃあ呼び名はご主人様か。メイド服似合うタイプじゃないんだけどね、私。あ、想像しただけで鳥肌が。だけどうっかり者とメイドの融合は、どじっ娘キャラで誤魔化せるか。時代に好かれても実質的なメイドとしては却下だろうな。せめて特殊技能とか持っていなければ。

いつの間にか拾われる方面で思考が進んでいる気がする。これも気にしたら負けの部類か。それよりも、今限界まで眠い。睡魔が脳内を行軍してる。瞼は重いし、街の喧騒がふわふわ遠く聞こえる。そろそろ睡眠欲が爆発する頃だとは思っていたが、こんな急に襲ってこなくてもいいじゃないか。



「――――――」



目を閉じる前に何か聞こえた気がしたが、考えるより先に意識が吹っ飛んだ。
次に目を開けたとき、段ボール屋根から立派なシャンデリア付きの天井に変わっているだなんて、誰が予想しただろう。いや、タイトルからして皆様お気づきか。

とにかく私は、








拾われてしまった。

あれ、受動態?



 

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