長編集

□洒涙雨 new!
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「ああ。今日も城だ」
「…お気をつけて」

ぞろぞろと出立つする一行を軽い会釈で見送り、意気揚々と二条城へと向かう後ろ姿を、土方は門前に一人佇み苦虫を噛んだような顔で見ていた。

「どうだったか聞きもしねぇのかよ…」

すぐ近くで何やら浪人が揉めていると報告が入り、念のために様子を見にやらせた監察から入った知らせに、土方は身体中の血が音を立てて引いていくのを感じた。

『土佐藩士とおぼしき二,三名の侍と沖田先生が路上で鍔競り合いを起こしている』

一番隊から数名を連れて顔面蒼白のまま屯所を飛び出してみれば、目と鼻の先ほどの場所に人垣が出来ていて、激しく金属同士がぶつかる音が響いていた。幾重にも重なる人垣を掻き分けて前へ進んだ土方の目に飛び込んできたのは、防戦一方で壁に追いつめられていた総司だった。口元を押さえ、ひっきりなしの咳に青ざめながら、それでも何とか三人相手に斬られずにいるのは流石といったところだったが劣勢には変わりなく、京に来て初めて見るのではないかと云うその姿に少なからず衝撃を受けた。新選組の登場に逃げた土佐者を隊士に追わせ、土埃にまみれて青い顔に冷たい汗をかきながら気を失った総司を家まで担いで連れ帰り
、一人の家に寝かせて来た。総司の様子も含め、事の顛末の報告は近藤にも入っている筈だ。だが派手な着物に白い顔で得意気に籠に収まり、城へ行くと言ったきりで土佐藩士達の行方はおろか総司の具合を聞きもしなかった。何故…、土方は総司が臥せている近藤妾宅前を止まる素振りすら見せずに素通りして行った一行を睨み付け、握った拳を震わせていた。
門前を守る隊士に労いの言葉をかけ、腕組みしたまままだ木の香も若い屯所へと入った。

「どうした、渋い顔して?」

自らにあてがわれた部屋へと戻る途中、巻物数本を抱えた井上に会った。

「源さんか」
「…今時間あるか?あるならお前の部屋へ行くが」
「大丈夫です」
「これを勘定方に渡したら行くから、ちょいと待っててくれ」
「はい」

井上と別れ部屋に戻ると、障子を締め文机の前に座った。墨を手に取り、無言のままに摺り始め、自身の思いに沈んで行く。
近藤の態度が許せない。息子同様に慈しみ育ててきた総司を心配するのも惜しむ程切羽詰まっていたとでも言うのだろうか。慌てていたのなら籠など使わず早馬を飛ばせば良い。公家まがいの身支度する暇があれば総司の様子を覗きに来れる。供揃えしてダラダラと歩く時間があるなら一言どう
だと聞くくらい出来た。だがそのどれもせず、近藤は籠に揺られて行ってしまった。何故だと叫びたかった。自分が良ければそれで良いのかと詰め寄りたかった。自分達が今こうしていられるのは、総司や永倉や原田、井上達を頭にした実働隊が命を賭して動いてくれたからに他ならない。
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