長編集

□明告鳥
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「来いって言ってんだろ」
「嫌だって言ってます」
「ほぉ…。理由は?俺が納得するように話せ」

苛立ちを表すかのように自然と眉間に皺が寄り、目が細くなる。語調も荒く詰め寄るが、ほんの少し目線を上げただけで微塵も動く様子はない。

「土方さんの近くに行くとまた昨日のようになるでしょう?一人で考えますから、放って置いて下さい。」

あんまりな言いぐさに本格的に切れそうになるが、当たらずとも遠からずの発言に言葉が詰まる。お前だってかなり乱れてたじゃねぇか…と言う反論が喉まで出かかるが、この際飲み込んだ方が得策であろう。

「…お前が考え込むと碌な事になんねぇだろうが。それに、こんな所で朝っぱらから何にもしやしねぇよ。とにかく来い!っつうかお前、俺の事獣みてぇに言うな!」
「ケダモノ…」

ちらっと投げた視線に“当たってた…”と、見下したような色が混じる。
言いたい事は山程あるが、淀む総司には逆効果にしかならない。仕方なく、短く嘆息吐いて、土方は草履をつっかけ庭に降りた。総司は既に下を向き、自分の思考に深く入り込んでいるようで、近付く気配にも微動だにしない。もっとも、気付いたとしても拒絶はしないであろう。

「どうした、ん?…近藤さんが言った事か?」

ぴくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を向けた。

「そんなに…顔に出てますか?」
「自分から昨日云々言うお前じゃないだろう。」
「ちぇ…悔しいなぁ…」

大きな溜め息を一つ吐き、膝にちょこんと顎を乗せてどこか遠くを見つめた。小さく尖らせた唇が、幼い仕草の中で酷く大人びて見える。その不調和な様に落ち着かない。土方はまた一つ嘆息吐いて、戸惑いを隠すように笑った。

総司にはやらせたくない…

近藤はそう言った。
闇討ちなど、卑怯な真似はさせたくない。これが剣士としての才に優れ、いずれ名を成すであろう将来の汚点になると危惧し、出来る事なら危険から遠ざけ、自分が現宗家である事は棚に上げてでも清廉潔白なままでいて欲しいのだ。結局、近藤も総司が内弟子であるという以上に大事で大事で仕方ない事の現れなのだ。
確かに土方から見ても、近藤は総司を大切に育てていた。所帯を持ち、子供が生まれてその傾向が更に強くなったのも、気のせいではない。父性と云うのか、大きく全てを包む、元より彼にあった性質。その大きさに、他流であるはずの者達ですら
魅せられ集う。生まれながらの大将なのだと、感じざるを得ない彼の魅力、それを羨ましいと思う。昔はそれが癪の種で、あれこれ反発もした。他の者であったなら、とっくに見捨てていただろう。それでも「仕方ないなぁ」と笑っている近藤に、素直に負けを認めた。この人を大将にして武士になる、何時しかそう思い始めて今此処にいる。
その近藤が、江戸にいた頃の惣次郎のままで、武士として恥ずかしくない生き方をと願っている。我が子に対するのとまったく同じようにだ。ここまで総司に対して父親の顔を見せるとは、正直土方も驚いていた。
世間ではそれを“親馬鹿”と言うんだせ?と、土方が思っているなど、針の先程も考えていないだろう。総司に対する自分の言動が、父親のそれに似たものと、分かっているのかも怪しい所だ。

「あれは近藤さんの親心だ。武士として卑怯な真似はさせたくないんだ。お前を子供扱いして出来ないと言っている訳じゃない。」
「私はそんなに頼りないんですかねぇ…」

うなだれて更に小さく縮こまる総司を見下ろした。
思い出してみれば、こうして悩む姿を見た事がない。口を真一文字に結び、何処か一点を睨み佇む姿は長い付き合いの中、何度となく見てきた。
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