長編集

□明告鳥
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「これ以上、身内の火種を増やす訳にはいかねぇ。」

口火を切ったのは土方だった。部屋の隅に額を寄せ合い小声で話す。目の前には碁盤がある。近藤と土方は向かい合い、パチリパチリと碁を打っている─ように見せている。障子を開けて広くしてあるとはいえ、同じ部屋の中には藤堂や永倉、原田達もいるのだ。彼らが殿内に密告するはずもないが、自然に小声になってしまう。

パチリ
「確かにそれもあるが、俺は彼奴の態度が気に入らん」

パチリ
「まぁな。」

パチリ
「このまま黙っていられるものか」

パチリ
「…俺等と芹沢達でも危ねぇのに、彼奴にまで徒党組まれちまったらもうまとまれ無ぇ」

パチリ
「うむ…一理あるな」

囲碁と密談の取り合わせがおかしくて、周りに仲間が居るのに密談ってのもおかしくて、ぷっと吹き出してしまった総司を、土方が睨む。

「ちゃんと聞け」
「すみません。でも、この状況で密談ってのも変ですよね」

ちらっと振り返ってみれば、ごろ寝している原田や斉藤、刀の手入れをしている永倉、同じように碁を打っている井上と藤堂、本を読む山南達が目に入った。

「仕方ねぇだろ。お前はこっちに集中しろっ」
「ぁ痛っ」

土方に頭を鷲掴みにされ、ぐりっと顔の向きを変えられて、視界は元通りに碁盤で占められた。

「とにかく…これは総司に頼もうと思う」
「あ?!」
「え!?」

近藤と総司が声を合わせて土方を見る。予想していなかった土方の言葉に、二の句が告げられぬ総司は、ただ黙って見つめるだけ。

「いや、俺がやる。総司には…その、なんだ、こんな…」

近藤の躊躇いがちな言葉に、また弾かれて近藤を見る。

「汚い事か?だから大将たるあんたには殺らせられねぇ。これは総司にやらせる。総司」
「はい」

ゆっくり、その瞳を土方へ戻す。紡がれる言葉を漏らすまいとじっと見入る。

「出来るか?」

絡む視線が火花を散らした。沸々と沸き上がるうねりに視界が歪んだ気がして、ぐらりと倒れそうになる。すっと目を閉じ、己れの内に起きた変化を問う。だが迷う理由など総司には無かった。

「ええ…」

答えは決まっている…力強く美しい双眸を土方へ向け、淀みなく、すらりと答えた。その身体からは、蜃気楼のような揺らめき燃える影がゆらりと立ち上る。
土方も近藤も、静かな闘気と言う炎を身に纏う総司を、互いの胸の内を隠したまま、見ているだけだった。
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