長編集

□明告鳥
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「こんな所でそんな話をしてるとは思わねぇだろ。何なら一つ、俺に笑い掛けろよ。乳繰り合ってる風に見える」
「またぁ。それはそれで問題でしょうに…」

茶化す気満々でいる土方の、片眉を引き上げたにやけた笑いを、呆れたように横目で見て、溜め息をついた。

「詳しい事は夜だ。飯の後で近藤さんを交えて話す。良いな。」
「分かりました」
「総司…」
「はい?…んんん!!」

名を呼ばれて振り向いた途端、口付けが降ってきた。項を掴まれ無理矢理上を向かされて身動きが取れない。誰かに見られる!慌てて土方を押し戻そうとするが、力の差は歴然としていてびくともしない。先程の余韻からか、徐々に熱を帯び始めた口付けに翻弄されそうな自分が悔しい。土方の笑っているはずの視線から逃れたくて、ギュッと目を閉じた。目の奥がチカチカと光り始める。

「誰も見てないぜ?」
「!」

はっとして目を開ければ、ニヤニヤと、明らかに面白がっている顔が目の前にあって…思わず赤面してしまった。欲の欠片もない瞳に猛烈に腹が立つ。この男の余裕綽々な感じに何時だって振り回されるのだ。自分だけが溺れかけたのが悔しい。
ぐいっと腕で口許を拭い睨みつけたが、熱の籠った瞳は濡れていて、大した威力はない。

「続きは後だ。あんまり菓子ばっか食うな。でかくならないぞ。」

ふん…と鼻で笑って立ち上がると、両袖合わせた中で腕を組み、そのまま去ろうと踵を返した。

「!…誰が!!」

瞬間さっと顔が赤らんだ。何かと言えば“でかくならない”と散々言われ、土方みたいに大きくなりたかった自分は言われるがままにしてきた。またか…!総司はその背中に向かって精一杯の拒絶の言葉を投げ付けたが、土方は振り向く事もせず、片手をひょいと上げただけだ。

「この…ど阿呆〜っ!」

腹立ち紛れに叫んではみたが、既にその姿はもう消えていた。
総司は一人残されたまま、もう食べる気の失せてしまった菓子を、それでも丁寧に壊紙に包んで懐にしまった。菓子くらい良いじゃないかと、ぶつぶつ文句を言いながら土方に続いて立ち上がり、その場を後にした。
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