長編集

□明告鳥
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『明告鳥』


「壬生さんのカンデンデン」と親しまれている壬生狂言を楽しみに集まって来た人々で、朝から境内はごった返していた。初めて見る寺の賑わいに、総司も自然に浮き浮きしてくるのを止められ無いでいる。この後を思えば浮かれてなどいられない。分かってはいても、江戸を出て以来の楽し気な雰囲気は、若い総司や藤堂や斉藤を浮かれさせるには充分だった。

「演目聞いたか?」
「ほうらく割りと…大原女?大江山?…ごめん、聞いたけど忘れちゃった」
「何だよ、しっかり覚えとけよ〜」
「そう言う平助こそ聞いといてよ」

信心深いとは決して言えない総司達には馴染みの薄い説法演目はもちろん、普段使い慣れない言葉がたくさん並んだ演目は聞いても直ぐに頭から流れ出てしまい、見れば分かると呑気に構えているのも手伝って何度聞いても覚えられない。藤堂に至ってはもう覚えるつもりもなかった。
年の近い3人は、互いに軽口を叩きながら境内の賑わいを楽しんでいた。ゆったりとした京言葉が飛び交う雅な雰囲気は、江戸とは違う。時間の流れが違っているのではないかと錯覚すら覚える。着飾った年頃の娘達の華やいだ様子も、チャキチャキした江戸娘とはまるで違う。シナシナした京娘達
の柔らかな物腰は、この上なく魅力的でついつい目が止まる。そんな視線に気付きクスリと笑い合う娘達からはフワリ良い香りが漂って来た。

「なぁ総司、あの子達とお近づきになろうぜ」

若い男の視線を満更でもなさ気な娘達の様子に斉藤が身を乗り出した。

「え?」

人々の賑わいに気を取られていた総司は、斉藤の見ている先にいる娘達に今更ながら気付き、ようやくそちらの方へ目を向けた。そこには華やかな柄の着物に身を包んだ女の子が3人、こちらを気にして何やら囁き合っている。充分に愛らしいと言える少女めいた面差しの総司からの視線に気付いて、サッと頬を染めキャアキャアと騒ぎながら目を反らす娘達を、本人は不思議な気分で眺めていた。
総司とて若い男だ。興味が無いわけではない。が、藤堂達のように、自ら積極的に声を掛けてまで知り合いたいと思った事が無い。こうして遠くから眺めて可愛いらしいなと思う程度で充分なのだ。

「女に夢見過ぎてると、一生知らないで終るぞ!」

と、斉藤に言われた事もある。別に夢を持っているわけではないし、嫌いだとか、剣術に身を捧げるだとか、理由が有るわけではないが、わざわざ口説くのも何だか違う気がして今一つ気分が乗らない。そんな機会が有れば自然に知り合える…その程度に思っていた。

「総司、お前なら絶対に釣れる!頼む!俺達の為に行ってくれ!」

ちらちらと投げられる視線
全てが総司に集まっているのを知った藤堂が、平然とした仕草を彼女達に見せつつも、聞こえてはいないだろう声だけは切実に懇願してくる。
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