短編集

□花祭り
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母の気を引きたくて、兄や姉を困らせた。地団駄を踏み、叫んでは泣いた。花祭りの日、母は姉に甘茶を持って越させると、それで墨を摺り蟲封じの歌を書いた。

“歳坊、母様が蟲封じをしてくれたの。だからもう平気よね。”

姉に渡された紙から、墨に混じって甘い香りがした。

─母様は自分を忘れてはいないのだ─

母は病床で、泣いている我が子に何もしてやれない事を悲しんでいたのだろう。まだ幼い息子の身を案じ、せめてこれくらいは…と、弱った体を起こし書き上げたに違いなかった。所々震えてかすれた文字がひどく嬉しかった。

“さぁ、これを戸に貼りましょうね”
“何て書いてあるの?”
“千早ふる 卯月八日は吉日よ かさかけ蟲を 成敗ぞするって書いてあるのよ”
“ふ〜ん…”


「京でも蟲封じ、するんでしょうかね…」

総司はそっと立ち上がり、開け放たれた障子の外を見た。穏やかな日差しが注いでいる。そのまま軽く礼をすると静かに部屋を後にした。

「さぁな…」

土方は再び目を閉じた。もう少しだけ、母の思い出に酔っていたかった…



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