短編集

□ホタル
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降り注いでいるかのように見える程たくさんの星が頭上に瞬いていた。強く光る星、仄かに光る星、明滅する星…様々な星が夜空を埋め尽す。
多摩の山並みが夜空に溶けているが、大地が隆起している事を示すのも、また夜空と満天の星。空と山の境界線を作る星の光の下にある、漆黒の闇が多摩の山々だ。街道を歩きながら見た時は穏やかな中に霊場らしい神々しさを湛えていた高尾の山は、たった数刻前のあの美しさを闇に包まれ、まるで違う姿を見せている。あれだけ遠くにあったはずの景信山や更にその奥に垣間見えていた陣場山が昼間見た時よりも近くにあるようで、息詰まる程の圧迫感すら感じる。もう何度も此の地へ来ているが、周囲の輪郭が見えない程の闇に惣次郎は未だに慣れていない。市中には何時も何処かに灯りがあり、本物の夜の暗闇は物陰を除けば無いに等しいのだ。
と、山の方から夜に紛れて獲物を探す生き物の鳴き声が響いてきた。突然の事に惣次郎の肩がビクリと跳ね上がる。

「狸だろ。何ビクビクしてんだ…怖いのか?」

からかうような歳三の声音に、ムッとしながら反論を返す。

「突然で驚いただけです」

足下を照らす提灯の橙の灯りが二人の歩みに合わせて右へ左へゆらゆらと揺れて
いる。砂利を踏み締める音がやけに大きく聞こえてくるのは気のせいだろう。

「もう少し行けば川原に出るぞ。」

歳三の声に耳を澄ませば、確かに水の流れる音が聞こえてくる。足音に気を取られて気付かなかったらしい。隣に歳三がいて灯りもあると言うのに、流れに気付かない程緊張して歩いていた事実が、少し悔しかった。.
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