長編集

□明告鳥
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「藤堂…」

突然割り込んだ底抜けに明るい声が、どす黒い空気を一気に吹き飛ばした。八当たり気味の苛立つ気分のままにぶすくれる総司に代わり、土方が溜め息混じりに答えを返した。

「おや土方さん、いたんですか」
「居ちゃ悪いか」
「え?嫌だなぁ〜、そんな事言ってませんよ」

ついさっき、トゲトゲした総司の口から聞いたばかりの言葉が否応無しに思い出されて嫌気が差す。

「ったく、揃いも揃って同じような事吐かしやがる」

土方の不機嫌な理由が分からない藤堂にしてみれば、とんだとばっちりだ。

「そんなケンツク言わないで下さいって。近藤さん達向こうで待ってますから行きましょ!」
「…面倒臭ぇな」

眉間に深い皺の刻まれ始めた土方に代わって、今度は総司が答える。

「それにしても平助、此処にいるの良く分かったね。探すの諦めてたのに」
「そりゃ土方さん目立つから、俺が探すの訳無いよ。」「なるほど」

目立つ、確かにそうなのだ。上背があるのも要因の一つだが、男の色気とでも云うのか、元より整った目鼻立ちに加えて何とも言い難い雰囲気を身に纏うその姿は、自然に人の、特に女の視線を集めてしまうのだ。つまりは、女の視線を辿れば土方に行き着くと云う事だ。

「藤堂…俺が居たのを知ってたんじゃねぇか」

ペロリと舌を出し、肩をすくめて見せるが何の効果も期待出来ないのは、百も承知の上だ。それでも何もしないよりはマシとばかりにおどけたのは藤堂なりの護身術、とでも言うべきか。
知らぬ顔して割込んだが二人の間に不穏な空気が立ち込めていたのはちゃんと気付いていた。それでも逃げずに割り入ったのは、先程総司を人身御供に差し出した後ろめたさが、そのまま逃げる事を良しとしなかったからだ。

「細かい事は言いっこ無し!って事で、ささっ、行きましょ、行きましょ」
「…俺は先に戻る。近藤さんには酒の仕度に戻ったと言っとけ」
「…はいはい、分かりましたよ。総司はどうする?」
「一緒に行く」

今は一緒にいない方が良いと感じ、決めた心が揺らがぬようきっぱりと答えた。
自分が抱えた苛立ちは、自分一人の勝手な物であり、土方には何の落ち度も責任もないのは、総司自身が一番良く分かっている。それでも八当たりしてしまいかねないこの情況を変え、気分転換する為にもと別行動する事を敢えて選んだのだが、土方の顔を見てしまい胸がキュウっと苦しくなる。謝ってしまいたいと思う反面、謝る理由は無いと意地になる部分もあり、顔を背け目を伏せてしまった。

「ふん」

踵を返し、無言で帰って行く後ろ姿を、視界の隅で見送る。足元がグニャリと沈んだような気がした。

「良いの?」
「何が?」

藤堂が言わんとしている事は分かっているが、今は聞いて欲しく無かった。何故こんなにも落ち着かないのだろうか。何故こんなにも苛立つのだろうか。自分の感情が自分の言う事を聞かない。もどかしい…。素直に考えていた事を説明すれば良かったのだろうか。土方なら「大馬鹿野郎だな」と笑ってくれたはずだ。だが、それではあまりに甘えているようで、同等で在りたいと願うくせに優しくされたいとも願う勝手さに、自己嫌悪の念が沸く。土方を怒らせてしまったその事実が重かった。

「ん?別に〜。あ、ほら、近藤さん達待ってるし、行こ行こ」
「うん…」

人混みを掻き分け進む藤堂の後ろを必死に付いて行きながらも、意識の半分は総司を離れ、土方を追っていた。
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