長編集

□明告鳥
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「馬鹿言うな。この人だかりで見つけられるわきゃねぇだろ。見終りゃ八木さんとこに戻って来るんだ、無駄な事はやめとけ。」

きっと土方は、己れと相対する事など考えていないだろう。完全に自分の一人相撲だ。

「ええ─っ!私はみんなで見たかったなぁ〜」
「何だよ、俺とじゃ不満ってか?!」

舞台で演じられる無言劇は最大の見せ場に、観客の歓声を煽る。

「そんな事言ってません。ただ折角なら皆で一緒に見たかったと言ってるだけです」

焦る必要など何処にも無いのに、総司は焦りを感じていた。誰から見ても土方の相棒にふさわしい存在でありたいと思う。…9つの年の差が悔しかった。こうして並んで立つと、嫌でも自分の体躯の貧弱さと幼さが強調され、まるで大人と子供だ。近藤や山南なら、誰も可笑しくは思わないだろう。もっと早く相棒になりたかった、もっと早く出会いたかった、もっと早く生まれたかった、もっと大きくなりたかった、もっと凛々しい顔になりたかった、もっと…。思っても仕様の無い事が次々と胸の内を巡っては、チクリチクリと総司を刺す。

「俺はお前と見れれば満足だがな」
「っ!な、何恥ずかしい事を臆面も無く言ってるんですか!」

不意に睦言を言われて思考
が追いつかず、照れを隠す間もなく総司の顔一面にサッと朱が走る。途端、土方がニヤッと片頬を引き上げるよう笑った。

「照れるなよ。そんな顔してっと…」

スッと耳元に口を寄せられ、吐息と共に悪戯っぽい声が流れ込んで来る。

「今すぐ此処で抱くぞ」
「!!」

何時もの冗談と分かっていても、たった今まで同等で在りたいと願っていた自分の思いが空回りしているのが現実として付きつけられて、猛烈に腹が立つ。しかもこの衆人の中、黙って許すにはあんまりな冗談で、やっぱりまだ相棒と言うよりも恋人なのだと思い知らされたように思われついつい目付きが悪くなる。
無言で睨みあげてくるいつになくキツイ視線に、土方は僅かにうろたえたが、何故そんな風に睨まれなくてはならないのか考えるうち徐々に苛立ち、遂にはムキになる。こんな戯言は日常茶飯事、特に珍しくも無いはずだ。つい先程まで自身を好敵手と仮想し、勝負の行方をあれこれ考えていた事など知らぬ土方には、総司の尖った気配の理由が分からない。分からないが腹は立つ。

「…嘘に決まってるだろ?幾等何でもこんな所でするわきゃねぇ…って、何だよその目はっ!!」
「いえ、別に」
「てめえ…!」

カンカンデンデン鳴り響くお囃子の楽し気な雰囲気には不似合いの、弾ける直前の膨れ上がった空気に気付く者はいない。もっとも、万が一気付いたとしても、見て見ぬ振りしか出来ないだろうが。

「総司っ!いたいた〜っ!いや〜、てっきり土方さんに袋叩きにされたと思ったけど、無事で何より!あれ?何恐い顔してんの?」
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