長編集

□明告鳥
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二人揃って境内に戻ると大念佛堂前は相変わらず、いや先程以上の黒山の人だかりだった。派手な演出に大きな歓声が上がる。

「凄いですね…これじゃ皆が何処に居るか見付けられない…」

特徴的な舞台の上では面を着けた人々が、お囃子に合わせて無言のままに動いている。初めて見る壬生狂言に興味津々ではあるが、近藤達が何処にいるのが皆目見当がつかないのも気掛かりで、キョロキョロと辺りを見回した。

「鉦と太鼓のお囃子でカンデンデンか…なるほど」
「探す気あるんですか!?」

腕を組んだまま探す様子も見せず、真面目くさった的外れもいいとこな返事を返す土方を思わず見上げた。しゃんと背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見ているその姿に思わず見入ってしまう。今様業平と言う人もいるが、土方にはもっと激しく、もっと雄々しく、優雅な貴族とは対局に位置する武将の方が似合う。本人望む通りの姿が一番ぴたりとはまっているのは、総司には不思議でもあり納得出来るものでもあった。
腕は劣ると自ら言っていたが、決してそうではない。道場での立合いにある決まり事が土方には間怠っこしく、夢中になると型すら吹っ飛んでしまうせいで免状が貰えないだけだ。相手を完膚無きまでに伸してしまう
やり方は完全に実戦向きで、生きるか死ぬかの真剣勝負において土方が総司に劣るとは思えない。むしろ素手とは言え生身相手の喧嘩という呼び名の実戦を経験している分、土方に分があるだろう。

(この人が敵になったら、勝てるだろうか…?)

自問するが答えは無い。道場で試合をすれば3本に2本は取れる。だがそれはあくまでも型に則り、防具を着け禁じ手等の決まり事を設けたうえの事。屋外で何でも有りの野戦の場合なら、おそらくは五分と五分…総司の剣士としての自意識がむずむずしていた。相手が誰であろうと、どんな場合だろうと負けるのは嫌だ。

「…おいっ!」

何をしてるんだと言わんばかりの呆れ顔が、総司を見下ろしていた。自分の思いに深く入り込み、いつの間にか呆けていたらしい。
総司は慌てて、隣で腕を組み関心しながら狂言を見物していた土方を見上げた。

「この混雑の中で何を探すってんだ?」
「何って皆さんですよ。」

組んだ腕が袖から覗いている。無駄の無い筋肉に被われた、抱き締める優しさと叩きのめす強さを兼ね備えた力強い腕だ。甘酸っぱい想いと、剣士としての…男として相手の力量を推し量る冷静な思いが、複雑に絡みあい、ザワザワとうねり、どうにも落ち着かない。
欲張りだなと思う。ついさっき、相棒と認められ喜んだのも束の間、もう劣っていたくない、同等でありたい、更には負けたくないと思っている。相対した場合を想像してみた。土方が勝つ為なら手段を選ばないのは分かっている。脛を払う、急所を蹴る、目潰し、背後を取る、何でも有りだ。それらを防ぎつつ攻撃に転じる算段を立てる。
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