長編集

□明告鳥
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「おいおい、何だよ、俺を信じろ!お前は自分の中にある正義を信じてりゃ良いんだ。…この先俺達は会津公の元、壬生浪士組として京の町の警護に当たる。一人二人でない相手と対峙し、時には斬り合いにもなるだろうよ。お前の腕に頼らなくてはならない事も多くなるはずだ。その結果、お前にとって不本意な評価をされる事があるやもしれん。だがな、誰がどう言おうと、俺はお前を知っている。見かけによらず短気で減らず口、頑固で意地っ張り…」
「ちょっと!聞き捨てなりませんね。少しも褒めてないじゃないですか。」

思わず口をついて出た軽口に、すかさず総司が食い付いてくるが、今は茶化す気はない。まだ何か言い募ろうとする総司の口に人差し指を当てて黙らせた。

「ふん、だから話は最後まで聞けって。それでも、ガキの頃から知ってるお前は、嘘のない真っ直ぐな…一番大事な奴だ。お前が俺を守ると言うなら、俺がお前を守る。まぁ、お前が斬られるなんて事はないだろうが、万が一って時は、俺がお前の背中を守る。総司、お前は俺に命を預けるか?俺の命は、お前に預ける。」
「…っ!」

大きな瞳が更に大きく見開かれ、次第に潤んで行く。

「俺がお前を信じてる事を忘れるな。肝に銘じておけ。お前の一番近くに俺はいる
。お前がうっとおしいと感じても…そんなのは無視してやる。」
「プッ!本〜当、殿様なんだから…」

土方の言わんとしている所を漸く理解して、総司は泣きたい程に嬉しかった。

「悪いか」

ぶっきら棒に返される答えすら嬉しい。
土方と並び立つ──ずっと夢見て来た。大きくなって、土方と同じくらい大きくなって、隣に立ちたいと思っていた。だが実際に9つも年下の自分が、対等でいられるなど夢のまた夢である事は痛い程分かっていた。その叶うはずの無かった願いが、今この瞬間に土方本人によって叶ったのだ。
嬉し涙を隠すように瞳を伏せ、振るえてしまう声を必死に押さえた。

「土方さんとは今までたくさん約束しましたね。」
「そうだな」
「私は私です。土方さんが知っている私でしかありません。この先何が起ころうとも、私は私で有り続けます。」
「ん、上出来だ」

明るい笑顔が向けられていた。土方が隣に自分が居る事を望んでくれたのだから、全身全霊を掛けて応えたいと心底思った。命ある限り共に在りたい、そう願った。

「貴方の命は、私が確かに預かりました。ですから、私の命を貴方に預けます。私に身に何かあったら、お願いしますよ。…土方さん、信じてますからね」
「おぅ…確かに預かった。約束だ、相棒」

相棒─その言葉を心で抱き締める。気恥ずかしくもあるが、恋人だと言われた時よりも遥かに重く実感がある。同性である限りいつか終わってしまう恋人より、相棒である方が一緒にいられる可能性が多いのではと
、頭の隅にチラリと浮かんだが、直ぐ様打ち消した。今は幼い頃からの儚い夢でしかなかった、土方の隣に立てた事に酔っていようと思った。

「相棒…何だかくすぐったいな。ねぇ、土方さん…私、もう子供じゃないんですけど?それにまだ一手も交えてませんが?」

目の前に差し出された小指をちらと見て、だが自分の手は出さない。変わりにフワリと微笑み、上目で悪戯っぽく請うような視線を送った。

「そうだったな」

ニヤリと笑い返すと、長く節榑立った指を細い頤にかけ、上を向かせた。焦らすようにゆっくりと、影が落ちて行く。
京に来て初めて交わされた約束は、確かな思いと共に総司の唇へ落とされた。

「さぁ、お前の初陣だ!行くぞ、沖田総司」
「はい」
「お前の背中は俺が守る。存分に理心流を披露してやれ」
「了解しました。」

鉦と太鼓と笛の、賑やかに厳かな音色が、風に乗り微かに聞こえて来る。
それは長い1日の始まりの合図──。
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