長編集

□明告鳥
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「すいませんね、一致しなくて」

こうなれば、もう逃げる事は出来ない。剣技はともかく体術では絶対に敵わないのだ。踏んだ場数の違いによる経験値の差、ツボを押さえた捕縛から逃れた事など過去一度もない。その上技術の差云々以上に、気持ちの上で既に優位を譲ってしまっているのだから仕方ない。なんだかんだ口煩く言ってはいても、結局の所土方にこうして包まれるのは心地良いのだ。目の前の衿の合わせに額を寄せれば、土方の匂いがした。無駄な抵抗を続けるつもりはすっかり失せたが、なあなあに済ませてしまうのも何だか癪で、諦めてやるといった風情で態と大きな溜め息を吐くと体の力を抜いて土方に委ねた。

「拗ねるな」
「拗ねてません」

委ねられた身体をしっかりと支え、土方は自分より頭一つ分下にある、総司の小さな頭の上に顎を乗せた。もう少し、背も高く肩幅も広くなるかと思っていた。だが成人した総司は、子供の頃のほっそりと小柄なままで、長い項から続くなで肩のせいで大して広くもない肩幅が更に華奢に見え、まるで男装の少女だ。大きくなりたいならきちんと食べろ、逞しい身体になりたければ柔術も気合いを入れろ、色々と言った。素直に信じて偏食も止め体を鍛えていたが、生来の物なのか本
人望んだようにはならなかった。たおやかな花のような顔に細い肢体は、見る者によっては庇護欲をそそるであろう。
だが土方は知っている。貪欲なまでに高みを目指す剣術に対する厳しい姿勢も、決めた事は必ず成し遂げる強さも、他者に向けられる何気ない風を装った優しさも。総司は見た目と裏腹に、庇護を必要とはしない立派な男なのだ。
大きくなったと思う。試衛館に来たばかりの頃は、暗い目をして、総てを拒絶しようとうつ向いてばかりいた。顔を上げて欲しくて、笑って欲しくて、迷惑そうな顔をされても知らぬ顔して構い続けた。あの子供が、今ではこんなに強く大きくなり、自分を守るのだとまで言っている。なんと頼もしくなったものか。

「なぁ総司、人間を斬った後、その感触が忘れられずに意味も無く斬りまくる族がいるのは知ってるな。」
「何です、薮から棒に…?」

総司が自分を守るなら、自分は総司を守るまで。片方が片方を守るだけの時は終りを告げ、互いに互いの命を預け合う時が来たのだと己れの口から伝えたいと思った。
もう一度腕に力を込めて抱き締めると、土方の好きな柔らかな髪の匂いを胸いっぱい吸い込んだ。不思議と落ち着いてくる。名残惜しい感触を腕から放し、訝し気な様子の総司に改めて向き合うと、ゆっくりと話し続けた。

「まぁ黙って聞けよ。もしお前がそんなふうな化物じみた奴になっちまったら、俺が刺し違えてでも止めてやる。だから、剣を握る事を躊躇うな。…まぁ俺のが多少腕は落ちるのは仕方ないが、気合いじゃお前に負けねぇ。」
「…?」

きょとんとした瞳が見上げてくる。無理もない、そうは思うが苦笑してしまう。だが伝えておかなくてはならない。浪士組としての活動が本格的になれば、明日をも知れぬ身の上だ。どうあっても本心を知っていて欲しい。
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