長編集

□明告鳥
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「何処まで行くつもりですか?」

険しい顔のまま、総司は前を行く土方に尋ねた。
一手交えると言ったものの二人の手に理心流で使われる重い木刀は無い。土方は八木邸まで戻る素振りも見せず、黙々と壬生寺を後に雑木林へと分け入る。訝しく思いながらも、迷う様子の見えない土方に黙ってついて行くしかなかった。

「……!」

いつの間にか、眼前の景色は雑木林から竹林へと変わっていた。辺りには斬り倒された竹が無造作に捨て置かれている。先日、総司が刀の試し斬りに訪れたあの場所であった。何故連れて来られたのかそれよりも、土方がこの場所を知っている事の方に驚いていた。八木家の人々から聞いたのか、近所の女子に聞いたのか。いずれにしても、この有り様が人為的以外の何物でも無い事は明白で、此処へ態々来たと云う事はこれが総司の仕業であると確信していると思って間違い無かった。

「見ろよ、この切口。」
「…」

ゆっくりと歩を進め、確かめるように長い指で切口をなぞりながら、いくつもある竹を巡る土方の背中を、頭上から注ぐ何本もの日の光が追う。色鮮やかな若竹と陽光の帯が織りなす縞の中をゆるりと歩く、黒い着流しその姿を総司はじっと目で追っていた。

「此れなんか丸っきり水平じゃねぇか。」

何を言おうというのか、まるで見当がつかない。適切な返答が浮かばずにただ黙して佇む総司へ、土方はこの上なく優し気な眼差しを向けた。

「真剣を扱うのがほとんど初めてって奴の仕業とは思えねぇな。何の躊躇いもなく振りきってやがる。よっぽどの天才か…でなきゃ大馬鹿者だ」
「馬鹿とは何ですか…馬鹿とは…」

ようやく返事をした総司の、ふてくされ口を尖らせている様を見て、土方は腹を抱えて笑いだした。

「土方さんっ!」

眉間に皺寄せ努気も露な大声を張り上げる総司の勢いに一瞬動きを止めたが、しばらくすると再び笑いだした。

「いや、悪気は無いんだ。ただな…」

笑いを収める努力はしているようだが、小刻みに肩が揺れている。一体何がそんなに可笑しいのか見当のつかない総司は、笑われている事に腹が立ち、元より険しくなっていた顔が尚のこと険しくなっていく。
まだ小さく笑っていた土方だったが、憤然とする総司を見やり、コホンと一つ咳払いで収めると、静かに近付き、そっと腕の中へと取り込んだ。

「お前はやはり剣神の申し子なんだと思ってな」
「私は別にそんな大層なものじゃありません…って言うか土方さん、それで何で
笑うんですか?」
「あぁ?いやな…目の前のふてくされてる小僧と剣技が一致しなくてよ。」

総司の頭上から、またもやくつくつと忍び笑いが漏れ聞こえてくる。悔し紛れに腕の中でもがいてみるが、逆に強く抱き締められてしまう。
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