短編

□DOLCE
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 ひどく。
 ひどく体がだるかった。
 まるで大泣きした後のような倦怠感が体にまとわりついている。
 ここはどこだろうか。
 働かない頭を動かして考える。
 私は今、何をしていたのか?
 寝ていた、のだ。
 だってたった今目覚めたのだから。
 着ている服に見覚えはない。
 ぶかぶかしていて、なんだか嗅ぎ慣れた、それでいて非日常的なにおいのする服だ。
 ……あぁ、このにおいは。
「たばこ……」
 そう、たばこのにおい。
 それはつまり、獄寺さんのにおいで。
 じゃあこれは獄寺さんの服なんだ。
 妙に納得してしまった。
 獄寺さんの服を着ているということは、ここはおそらく獄寺さんの家で。
 2、3度来ただけのマンションまでよく辿り着けたなと思う。
「起きたのか……?」
 かすれた声につられて見下げれば、隣で獄寺さんが寝ていた。
 まだ眠いのか、眼をしばたかせている。
「……ハルは……ハルはどうしてここにいるんですか?」
「どうしてって、来たからに決まってんだろ」
「じゃあなんで獄寺さんが隣で寝ているんですか」
「……手ぇ出してねぇから安心しろよ」
 ま、お前なんざに手ぇだすほどたまってねぇけど。
 そんなことを呟いて、獄寺さんはそっぽ向いた。
 違います、獄寺さん。
 ハルは、そんなことが聞きたいんじゃなくて。
 どうしようもないだるさで、訂正の言葉すら出てこない。
 どうしてこんなにだるいのだろう。
「……ハル、なんでこんなに体がだるいんでしょうか」
「あ?」
「なんだか、こう、泣いた後のような」
「……覚えてねぇのかよ」
 溜息をつく獄寺さんは、どこか大人っぽくて。
 なんだかすごく遠いところにいるようで。
 無性に悲しくて。
 なぜだかじわりと目が熱くなる。
 あ。
 そうだ。
 泣いたんだ、昨日の夜。
 思い出した。
「……うっ、ツナ、さん……っ」
 ツナさんが、京子ちゃんと付き合ってるって。
 そう聞いて、もう諦めてたはずなのに、ものすごく辛くて、悲しくて。
 それで獄寺さんの家に来て、思いっきり泣いたんだ。
 彼の迷惑も考えずに。
「ごめ、なさ……はる、めいわく……」
「泣くなよアホ女」
「だって、ツナさん、京子ちゃ、と……
 ハル……ハルは迷惑」
 ツナさんにも、獄寺さんにもいっぱい迷惑かけて。
 最低です。
 友達のことを祝ってあげられないなんて。
 途切れ途切れに言う私の言葉を、獄寺さんは全部ちゃんと聴いてくれていて。
 聴いてないふりして、寝てるふりしてるけど。
 でも、ちゃんと聴いてくれていて。
「うるせぇよ」
 そう言って獄寺さんは私を抱き寄せた。
 寝ていた獄寺さんに抱き寄せられて、獄寺さんの胸にダイブする形で倒れてしまう。
「うるせぇよ。
 別に迷惑じゃねぇし、十代目だってお前のこと今更迷惑なんて思ってねぇよ」
「でも……でもハル、昨日いきなり、獄寺さんの家に……」
 おまけに雨が降っている中傘もささずにきたせいで、びしょ濡れで。
 シャワーを借りるわ、服を借りるわ。
 あげくの大泣きだ。
「ごめ、なさ……」
「……てめぇに謝られると調子狂うんだよっ」
 ざけんな。
 小さく呟く獄寺さんの声は、かすかに震えていた。
「あぁそうだよ迷惑だ!
 夜いきなり来て失恋しただのなんだのと大泣きしやがるわ、一晩中抱き着いてきて離れねぇわ、挙句の果てに一緒に寝ろっつったんだぞてめぇ!」
 ごめんなさい。
 いきなりの剣幕に、それすら言えなくて。
 彼の優しさに甘えすぎていた自分が恥ずかしくて、涙がぽろぽろとこぼれおちた。
 そうだ。
 迷惑にきまっているのだ。
「こっちの理性も考えやがれ!
 なんで好きな女の失恋話聞いたあとに、一人我慢大会みてぇなことしねぇとなんねぇんだよ!」
「はひ?」
 はひじゃねぇよはひじゃ。
 この鈍感女。
 冷たく言った獄寺さんの言葉は、まるで。
「告白……ですか?ハルに?」
「うるせぇ」
「獄寺さん頭打ったんですか?救急車呼びますか?」
「……うるせぇって」
「だって獄寺さんハルのことアホ女って!
 むしろお前は女じゃねぇって!」
 だぁ、もう。
 苛立たしげに荒げられた声を聴くと共に、獄寺さんと体勢がするりと反転した。
 つまり、下が私で上が獄寺さんで。
「いいか、一回しか言わねぇからよく聞けよ」
「はひ」
「オレは、中学の時からお前が好きでどんだけ望みが薄かろうと想ってきたんだよ今日まで。
 正直十代目にフラれたのはラッキーとすら思ったな」
「獄寺さん最低……」
「うるせぇだまってろ。
 で、だ。
 お前も今言ったような最低でよけりゃ付き合え」
 オレと。
 そう言った獄寺さんの顔は真剣そのもので。
 あぁ、どうしよう。
 ハルはツナさんを諦めたつもりで、でも好きで。
 なのに、一晩で彼に心を持っていかれて。
 ……一晩で?
 うんん、きっと持っていかれたのは、もっと前。
 だって。
 でなきゃこんなに、ドキドキするはずがない。
「ふつつかものですが」
「知ってる」
 アホ女。
 そう呟く彼の声は、今までのどんな時よりも甘く優しかった。

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