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□高杉晋助の逃走 後編 (完)
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 思わず返答してしまった新八だったが、受話器の向こうのやり取りに“シンちゃん違い”であったことに気づく。
 
『なんで、刀つきつけてんのかなぁ? ちょっ、ちょっ、それ以上力入れたら刺さるッ。刺さるから!』
『電話貸せ』
 
 短い雑音のあと、電話の相手は高杉に完全移行した。
 
『メガネ、聞こえるか?』
「新八です」
 
 新八の訂正に高杉はたどたどしく、『シ…ンパチ?』と反芻する。
 
『まぁ、イイや』
(いえ、全然イクありませんから)
 
『万八』
「新八ですってば! 高杉さんアンタ天然ですか? それともわざと? 銀さんなら絶対後者ですけど! 良いですか、僕の名前は、間八でも二八でも三八でもましてや万八でもメガネでもありませんから。『じゃあ、“どんぱち”?』とか言った日には──」
『銀時は無事帰してやっから、お前ェは外から見物してな、』
「──病院へ連れて……へ? 無事って、この状況でどうやって……って、高杉さん!?」
 
 一方的に切られた電話に、思わず叫ぶが、虚しい独り言で終わる。
 
「なんか、スゴイことやらかしそうなんですけど……」
 
 そんな新八の予感は、おおかた当たっていた。
 
 
 
「どうするつもりだ? 高杉。まさかこんな、イチゴ牛乳と甘味しかないオフィスに篭城する気か?」
「何言ってやがる。あれは充分な食糧があってこそ成り立つんだろうが」
 
 “狂乱の貴公子”が平和ぼけしたかと、受話器を置いた高杉は鼻で笑う。その笑い方と言ったら、10人中9人は一瞬で彼に殺意を抱くだろうというものだ。残り1人は不感症に違いない。
 
「それ以前に城みてぇな堀もなけりゃ城門もねぇような無防備な一般家屋に篭っても持たねぇよ。見ろ。あの薄っぺらい戸を」
 
 とうとう拡声器を通して怒鳴り始めた副長の声に、ビリビリと震える玄関の引き戸は、その気になれば、一発で枠から外せてしまう。
 
「隙間風もふいてらァ。」
「薄っぺらくて悪かったな。誰かさんちみたく航海したり空飛んだりしないからこれで充分なんですぅー!」
「ああ。充分だな。なぁ、高杉、一般家屋としてなら充分なことに違いはないだろう?」
 
 いじける銀時を宥めようと、桂は原因の高杉に同意を求めたが、当の本人他人のうちの押し入れを勝手に漁るという失礼極まりない行為の真っ最中だった。
 
「なんだ? 上段に布団が敷いてあるが、ネコ型ロボットでも住んでんのかァ? この家には」
「住んでねぇよ! っつーか、そこ一応女の子のベッドだから。大食いでも、戦闘民族でも、ゲロってても、鼻ほじってても女の子のベッドだから!」
「なら、天蓋とカーテンくれぇつけてやれよ。女の子の憧れだろ。ああいうのって」
 
 顔に似合わずロマンチックなことをいう男、高杉晋助。

「この天パにそんなことがわかるわけないだろ。せいぜい蚊帳がいいところだ」
「蚊帳、か……」
 
 枕の下に手を突っ込んだ高杉がふと手を止めて呟く。
 
「あれって、蚊から身を守るために張るけどよ、出入りの時について入られたり、傷んで編み目が広がってたりしたら、蚊帳の外も内もあったもんじゃないよな、って思いながらいつもト●ロ見てる。こん中じゃ一番、蚊に好かれそうなのはやっぱり銀時か? で、その次にヅラで、最後が俺」
 
 

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