BOOK

□帰ってきてよ(完)
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 布団の上で三味線をならしていた高杉の手が止まる。背後の障子の向こうの縁側の床のきしみを感じたからだ。
 両親、ではないようだ。高杉の部屋の前で周囲の様子を窺う人影は見るからに怪しい。
 押し込み強盗だろうか。
 相手の様子を窺いつつ、高杉はその場に三味線を静かに置く。
 袴の裾を端折って機動性を確保してから、部屋の隅に置いてある稽古用の竹刀を手に取った。
 相手が踏み込んだ際、まず死角となる障子戸横へ陣取って、木刀を上段に構える。
 すぅっと、静かに障子戸が開いき、敷居から40センチ程の高さに白い頭が覗いた。
 
「やぁあああああ!」
 
 声を上げ、力いっぱい竹刀を振り下ろした瞬間、白い頭が高杉を振り向いた。
 その顔を高杉はよく知っていた。しかし、今更遅い。
 
 バシィッ
 
 竹刀はその顔面を的確に捉えていた。
 白い頭は「あぎゃっ」と声をあげたかと思うと、上半身を高杉の部屋に、下半身を縁側に投げ出したまま倒れた。
 
「銀時!?」
 
 高杉は竹刀を放り出して、駆け寄った。白く見えたのは銀髪だったのだ。
 
 
 
 気を失っている銀時の右腕を自分の肩に回して、どうにか布団まで運び込めた。
 
「障子に映る動きが怪しかったから、押し込みかと思ったんだ。お前をこんな目に合わせたのは本当に悪かったとは思うが、俺だって怖かったんだからな。ちょっとだけだけど」
「ウソつけ。今でもベソかいてんじゃんか」
 
 気を失っているはずの銀時が顔を冷やすために載せていた濡れ手拭いの隙間から、高杉の顔を覗き込んでいた。
 
「かいてない!」
 
 ズレた手拭いを直した上から、叩いてやった。本当に軽くだが、銀時には効果覿面だったらしく、手拭いの下から鼻を啜る音がした。
 それで少し気が晴れた高杉は、現在、銀時の顔に乗っている手拭いを水を張った桶に浸けて、別の冷たいものに取り替えてやる。
 
「なぁ、この白いの。なんか葬式みたいじゃねぇか?」
「ご所望なら棺桶も用意してやる」
「棺桶いらないから、饅頭いっぱい用意してくれよ」
「ばぁか。……なぁ、どうだ?」
「ん?」
「冷えてるか?」
「たぶん」
「氷きらしてたんだ。そうだ」
 
 銀時の枕元で高杉の動く気配。それから、顔の表面がすぅっと冷たくなった。濡れた手拭いに風が当たっている。
 
「うちわで扇げば、少しは冷えるだろう」
「うん。涼しい」
「そうじゃなくて、俺は冷えるかって……!」
 
 突然、うちわを持つ手を引かれ、布団の中に引きずり込まれて、高杉は不満の声をあげた。
 それを、銀時が止める。
 
「誰か来る」
 
 その言葉に高杉も息を潜めると、近づいてくる足音があった。部屋の前で止まる。
 
「晋助? 誰かいらっしゃったの? 桶まで持ち出して」
 
 母親の声だ。
 
「ち、ちがう! 桶はその……庭の木を的に水鉄砲で遊ぼうかと……」
「そう。お腹は?」
「いたくなったり、いたくなかったり」
 
 曖昧な返事だったが、母親はそれ以上追及せず、部屋を濡らさないように、とだけ言い残していった。
 
「よ、よかった。母上が入ってこなくて」
 
 水鉄砲のことはともかく、踏み込んでこられでもしたら、布団の異様な膨らみをごまかすのは難しかった。
 
「高杉、行こう」
「ちょっ……」
 
 足を立てる間もなく引きずられる。高杉は空いている右腕で銀時の腰にしがみついて、ようやく立ち上がる。
 
「行こうって、どこへだよ!」
「ん〜、どこだろう?」
「お前なぁ……」
「でも、お前を迎えにきたんだからココじゃないところへ、な」
 
 
 
「銀時、お前が言ってたウチ(高杉家)じゃないところって、ここか?」
 
 高杉家から一度村塾へ周り、それから商店の並ぶ商業地までやってきた二人である。
 いくら聞いても、銀時は行き先を答えてくれなかった。むくれながらも銀時について来た高杉である。それからようやく足を止めたかと思えば、そこは八百屋だった。
 
「とりあえずヅラと合流する必要があったからな」
「ヅラと?」
 
 銀時が視線をやった方へ高杉も視線を向ける。すると、買い物客のご婦人達の合間から桂が出てくるのが見えた。
 
 

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