BOOK

□Half & Half
2ページ/6ページ


トラとネコと女

 “廊下を走るな。右側通行”
 そんな掲示ポスターがあろうが、守らない奴は守らない。自宅ではありえない長い廊下を見たら走りたくなるのが人の性ではないだろうか。
 
 ところで、“廊下を走るな” はともかく、“右側通行” には、疑問を感じたことはないだろうか。
 その昔、武士は左に刀をさしていた。すれ違う際、左を通れば互いの刀がぶつかり合うことはなかった。その名残なのか何なのか詳しいことは忘れたが、日本社会は左側通行が一般化されている。電車も車も左側通行。それなのに、学校の廊下は右側通行。地下鉄の通路なんかは右側通行の所と左側通行が入り乱れていたりする。生まれてこのかた無意識に染み付いた習慣を学校という所で否定されるのだ。ややこしいことこの上ない。
 
 まぁ、そんなわけで(?)坂田銀時は堂々と左側通行で、しかも駆け抜けていた。
 昼休みの廊下を行き交う生徒と生徒の間を速度を落とさないまま軽いステップで縫う自分に酔う。ほんの少しだけ。
 
「坂田ァァァ! 廊下を走るな! 右側通行!」
 
 掲示ポスターをそのまま叫んだグラサン教師の声は無視だ。命の危険に曝されているときにそんなこと守っていられない。
 まぁ、そうでない普段から守っていたこともないが。
 図書室に突き当たったところで右へ曲がる。目の前の階段を上り始めたところで後方で声がした。
 
「高杉っ、桂っ! お前らも廊下を……」
「どけマダオ!」
「貴様こそど真ん中に邪魔だ!」
 
 おまけに ドスッ ドンッ ゴンッ という効果音。
 マダオは障害物にもならなかったようだ。それは銀時自身にも言えたことだが。
 ちなみにこの時、マダオは顔面に高杉の跳び蹴りをくらったところに桂にタックルされ、床に沈んでいた。3つめの効果音はその際、頭を打ったときのものだ。
 2段飛ばしで上りきった階段の正面の化学室へ駆け込む。戸を閉めることも忘れない。
 小学生の頃は追い掛けられるとトイレに逃げ込んだものだ。トイレの出入口というところには見えない境界線というものがあるらしい。例え普段、廊下からトイレの中央通り(この両脇に大用の個室と小用の便器が並んでいる)にかけて視界を遮るものがなく、中が丸見えでもそこから先へは踏み込んでこられないのだ。中には「そんなの関係ねぇ!」という強者もいたが。
 しかし、これは、既にご察しであろうが、対女子の話。
 では、対男子の場合。銀時は女子トイレへ避難した。女子からは悲鳴があがった。が、しかし……女子にいるように男子にも強者はいるのである。プライバシー保護のため一部伏せ字にしよう。Kヅラ君とT杉君である。(はい、そこ。伏せた意味なくね? とか言わなーい!)
 Kヅラは、女装して乗り込んできた。どうして小学生女子がアイメイク、チーク、口紅の完全武装なのか。ちなみに正体バレて女子トイレ前は大騒ぎとなった。今は見事に化けるが当時は腕も頭も未熟すぎた。(頭は今も未熟か?)
 そして、T杉。アレは、踏み込んでこない代わりに遠距離攻撃がヒドかった。臭い黒い水の滴る濡れ雑巾投げ付けてきたり、便所モップで突いてきたり。Kヅラとは違い、周囲への被害も甚大であった。自分だけレインコートに水泳用ゴーグル、マスク、手足に備品のゴム手と長靴で完全防備しているあたりは抜かりない。
 高校生になった今もトイレに逃げ込むことを考えなくなったわけではないが、それをやるには追っ手も自分も汚れ過ぎた。必要とあらば、ズカズカと踏み込めるほどに。それに、高校生にもなって女子トイレに踏み込んだら口頭注意では済まないかもしれない。確実に女子共の私刑が待っている。
 そんなこと気にせずにトイレ行けば良かったと思うようなことがこのあと起きるとは、銀時も思ってもいなかった……。
 
「え?」
 
 何かに足を取られた。前へ出した右足のつま先はどういうわけか転がっていたペットボトルを捕らえていた。気づいた時にはバランスを完全に崩し、体と床が平行になっていた。ハイスピードカメラで録った映像を再生したら、瞬間スーパーマンのような画が見られるに違いない。
 
「わぁぁぁあああ!」
 
 銀時の目の前に叫び声をあげる男と水を張った盥が迫っていた。
 
「ちょっ、え? えぇぇぇ!?」
 
 慌てふためいても、もう止められない。銀時は頭から盥へと突っ込んで行った。
 
 気づいたとき、銀時の全身は真っ白い毛で覆われていた。

 


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ