高杉晋助の逃走 前編 大江戸に到着して、2日目の朝。
来島が仕分けて、持ってきた高杉宛ての郵便物の中に異色を放つ封筒を見つけた。
パステルピンクを基調とした地に親鳥のあとに続いて黄色いヒヨコが列をなすファンシーなものだ。
来島宛てのものが混ざり込んだものと思い、布団から封筒に手を伸ばし、起きぬけでまだ開ききらぬ目で表面を眺めた。
しかし、予想に反して、高杉宛てだった。
筆跡は女のようだ。
差出人の名前はない。銀時や桂の嫌がらせか。
レジに持って行くのも恥ずかしいような封筒と便箋を用意して、女の筆跡を真似る腐れ縁を想像したところで、高杉は首を横に振った。
その字に心当たりがあった。しかも、遠い記憶によれば、知っている人物のものだ。
前略 松陽先生の村塾のお友達と攘夷戦争に参加すると、家を飛び出して以来、晋助とは会えぬ日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。体調をくずしてはいませんか。身長は伸びましたか。
私は元気に諸国漫遊の旅をしております。先日は、あの織田信長公の安土城址を訪れ、雨の中石段を上まで登って参りました。
現在、大江戸へ来ています。安土城の後、東海道を歩いて……嘘です。米原から新幹線に乗りました。あなたも大江戸にいるそうですね。6日の午前中にでもそちらへ伺います。再会を楽しみにしております。
草々
高杉晋助様 ママ
追伸 "夜のお菓子"を持って伺います。
ママ 高杉の眠気は一気に吹き飛んだ。それどころか、全身の血の気が引いていくのを感じた。
6日って、今日だ。午前中て何時だ。
就寝時間はさておき、遅起きが基本の低血圧・低体温の高杉である。現在、10時半。母襲来が1分後になるのか、30分後になるのかは知れないが、残り1時間半以内に起こることだけは確実と言える。
高杉は布団から抜け出すと、寝巻からお馴染みの紫の地に黄色い蝶があしらわれた着物に着替えた。
「晋助、朝食を持って……」
食べないのだろう。
風呂敷に着替えやら洗面用具やらを包む高杉に、万斉は御膳を横に置く。
そして、布団の横に脱ぎ捨てられた寝巻をぐるぐると丸め、廊下の洗濯物カゴの中へ放り込んだ。
「旅にでも出るのでござるか?」
「おふくろが来る」
高杉は手紙を万斉の手に押し付ける。
ファンシーな封筒には、高杉の名前しかない。差出人名を書いたら書いたで、読まずに捨てられると思っての対策だろうか。
「晋助の母君か。なるほど。それで、親子水入らず旅行に」
「バァカ。逃げるんだよ」
「逃げる?」
「おふくろは、なんとしても俺を故郷に連れ帰りたいんだ。松陰先生のところに入塾したときも、ヅラや銀時と攘夷戦争に参戦しときもそうだった。今回も、攘夷活動なんてやめて故郷に帰ろうとか、そんなことを言うに決まってる」
「逃げるって、いったいどこに潜伏する気でござる。指名手配されている晋助をひとりで行かせるのは、拙者、些か不安でござる」
「ああ、それなら問題ない。銀時のとこ行く」
「白夜叉のところ?」
万斉は、不愉快そうに眉を寄せた。
「昔の男に助けを求めるのでござるかぁぁぁ」