滝つぼにそそぐ水音を聞いていると、少しずつ視界が歪んでいく。 目の前の景色が、いつか見たあの日の景色へと変わっていく奇妙な感覚。 周りの風景と、彼女に重なるあの人の影。 セピア色でも、モノクロでもなく、きちんと鮮やかなままで。 俺の記憶の中のあの人は、あの日から変わらないままの姿で微笑みかける。 昔はそれだけで熱いものが込み上げて来たけれど。 今はそれより、懐かしさが込み上げてくる。 それは、痛みや悲しみを忘れたということではなくて、引き出しにしまった写真を取り出して眺めたときの感覚のような。 気持ちの整理がついた、とはこういうことを言うのだろうか? あの人の微笑みを心の引き出しにしまうように、俺はゆっくりと瞬きをした。 目を開けた瞬間、飛び込んでくる滝の音。 そして目の前の彼女の、不安を押し殺したような顔。 あぁ、ごめん。 そんな顔をさせたいわけじゃないのに。 そう思いながら口元を歪めると、彼女は溢れんばかりの笑顔になって俺の手を掴む。 「ここ、涼しくていいですね。今年は残暑も厳しいって言いますから…今度のお休みも、また滝に行きますか?」 にこにこと笑いながら次の休みの話をする彼女の手を、俺はぎゅっと握り返した。 「いや次の休みは…どこか、行ったことの無いところへ行こう」 「えっ?」 「……あんたと二人で、新しい場所に行ってみたい」 俺の言葉に目を真ん丸くする彼女を見て、思わずふっと笑みがこぼれる。 これからは、二人の未来を見に行こう。 俺は彼女の手を引いて、ゆっくりと歩き出した。 END |