デート 眼前には激しい水しぶきを上げる滝。 濃い緑が生い茂った空間。 薄暗い滝つぼに滴り落ちる水はより白く浮かび上がる。 真夏だということを忘れるようなひんやりとした空気は、マイナスイオンや、何か身体に良さそうなものが沢山含まれているような気がして、自然と胸いっぱいに吸い込んでいた。 「遠くで見るとサラサラした綺麗な感じだったのに、近くに来ると迫力ありますね」 「…あぁ、そうだな」 響く水音に負けないように大きな声で行って振り返ると、後藤さんは短い返事をしてぼんやりと私を見ていた。 違う。 見ているのは、後藤さん自身の胸の中。 思い出の、景色。 最初に気づいたのも、そういえば滝だった。 もともと無口な後藤さんだけれど、この時間は更に押し黙って、意識をどこか遠くへ飛ばしている。 ここに、いるのに。 手を伸ばしても、届かないような気がして。 手を伸ばしたら、穢してしまうような気がして。 後藤さんがこの表情を浮かべたら、私はいつも黙ってじっとしていた。 思い出を見つめる時間を邪魔しないように。 ちくちく痛む胸は気づかない振りをして、 ぐるぐる悩みだす頭はからっぽにして、 そうやってしばらく待っていると、後藤さんの焦点がふと私に合う瞬間が来る。 その時、後藤さんは少しだけ泣きそうにも見える顔で微笑んでくれるから。 そしたら、ちくちくもぐるぐるも吹き飛ばして、私はにっこり笑うんだ。 お帰り、後藤さん。 |