雨 昼だというのに暗い曇天の下、嫌な風が吹いたと思ったら、アスファルトに点々と黒いシミが落ちてくる。 一粒一粒が大きくて、あっという間に広がるシミが路面を覆い、強い雨音が辺りに満ちていった。 私は急いで近くの軒下へ避難したものの…濡れ鼠となってしまっていた。 ♪〜 雨音に紛れながらも聞こえる着信音に、ハンカチで体を拭う手を止めてバッグをあさる。 「もしもし」 『桂木です。今お時間大丈夫ですか?』 耳に響く優しい声音に、私の心は思わずトクンと反応するが、努めて平静な声を出す。 「あ、はい…」 『実は明日の公務の件で…』 「はい…ん…っぷしゅ、へくしゅっ…あ、すみません」 濡れたままの体が冷えてきたのか、くしゃみが出てしまう。 『大丈夫ですか?お風邪でも…』 「いえ、ちょっと雨に降られてしまいまして…」 『それは…今、どちらにいらっしゃるんですか?』 顔は見えないが、心配そうな桂木さんの声。 大学から駅へ向かう途中の通りにいることを告げると、すぐにそこへ迎えに行くと言われてしまった。 遠慮してその申し出を退けようとしてはみたものの、強い口調の桂木さんは意見を譲らない。 『濡れたままでいて体調を崩されては大変です』 「はぁ…でもこれくらい…」 『ご公務への同行にも支障が出かねませんし…』 「…………そうですね」 桂木さんの一言に、心が凍りつく。 冷めた心に比例して覚めた頭は、話しながらも車に乗り込む音を冷静に聞き取っていた。 言葉どおり程なくして桂木さんの車が私の目の前の路肩に滑り込むように停車する。 軒下から出て駆け寄る間もなく、傘をさした桂木さんが走り寄ってきた。 「お待たせしました」 「すみません、お手数お掛けしてしまって…」 「いえ…あぁ、ずいぶん濡れてしまって…寒かったでしょう」 失礼、と断って傘を私に持たせた桂木さんは、さっと上着を脱いで私の肩にかけてくれた。 と同時に香る桂木さんの匂いと生地に残る温もりに包まれて、心音が乱される。 「…あのっ、スーツが濡れちゃいますから…」 嬉しいような切ないような、混乱する頭で遠慮すると桂木さんは傘を私の手から取り、もう片方の腕で私の肩を軽く抱き寄せて車へと歩き出した。 ドクンと音を立てる鼓動。 心臓が、胸が、痛い。 「か、桂木さ…」 「シャツが…その…びっしょり濡れているようですので…」 歯切れの悪い桂木さんの言葉に自分の体に目をやると、濡れてぺったりと肌に張り付いたシャツは透けて、下着の色と線がくっきりと浮かび上がっていた。 「っ!!……すみません…」 掛けられた上着の前を両手で掴んで合わせ、すっぽりと身体を覆いながら、促されるまま車の助手席へと座る。 発進した車内は、何とも気まずい沈黙が降りた。 |