とある喫茶店の日常

□喫茶〜夢居間〜
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「それでも、口に出して言った方が気持ちも落ち着きますよ。」

「そうだね。どうだろう?山崎さん。」

「…うん。そうだね。二人が心配してくれてるんだ…。何があったか言った方がいいよな。」

マスターと江神の説得で、山崎がその重い口を開いた。

「…今日、大学での事だった…。あの…大介が…大介が…」

「あぁ。あの山崎さんがよく話してた、大介くんですね?」

マスターが山崎に頼まれた珈琲を煎れながら、問う。

「あぁ。その大介だ。その大介が…逝ってしまったんだ…。」

山崎は嗚咽を洩らしながら顔を腕に埋めてしまった。

「…良い大根だったんですね。大介くんは…。」

江神は山崎の肩に手を置いて、同情の表情で言った。

そう。山崎の言う『大介』とは、『大根』の名前なのである。

「そうだ。あいつは最高の大根…最高の俺の友達だった…。」

山崎が顔を上げて言った。
その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
山崎はこういう体格ではあるが、とても情に脆い優しい人間だ。
しかし、大根が友達と言う山崎は、別に精神異常者なんかではない。
本当に『大根』と友達なのだ。
彼も江神同様、能力者だ。
彼の能力は“自然感応能力”といって、自然…つまりは、草や花などの人間には聞き取れない自然の『声』が聞こえ、対話出来るのだ。

「それを…あいつらは…大根サラダなんかに…!!」

「…わかります…。その気持ち…。」

江神が本当に辛そうな顔で山崎に目を向ける。
テレパシー能力があるだけあって、相手の感情を感じ取りやすいのだろう。

「…これも…俺が…俺が悪かったんだ…。」

「でも、大介くんは…それが本望だったんじゃないですか?」

自らを責める山崎に江神が言う。

「そうですよ。それに大介くんだって山崎のような優しい方に出会えて幸せだったんじゃないかな?はい、出来上がりました。」

マスターが珈琲を山崎の目の前に置きながら、江神の意見に賛成した。

「…有り難う…マスター。」

珈琲を飲んで、山崎は一息を着いた。

「…確かに…大介も最期に『山崎さんのような人に出会えて良かった。それに、美味しく食べられるなら、これ以上幸せなことはない。』って言ってたよ…。」

そう言って、山崎は黙り込んだ。

「また、育ててみてはいかがです?『新しい命』を。」

江神が沈黙を破って、山崎に言った。

「…そうだな…。大介もいい奴だったが…新しい命を育てて、大介の様に幸せに過ごせる様に…。」

そう言う山崎の顔は元の優しい穏やかな顔だった。

「良かった!!頑張ってくださいね。教授。」

江神は悪戯っぽく笑みを浮かべ山崎に言った。
江神の言う通り、山崎は40歳という若さで大学の自然学の名誉教授である。

「ったく…。教授って言うのやめてくれ、江神。…マスターの珈琲のお陰で落ち着いたよ。有り難う。」

山崎は照れ笑いしながら二人に言った。

「いえいえ。どういたしまして。」

礼を言われたマスターは、いつもの微笑みで山崎に言葉を返す。

「マスター。もう一人、お客さんですよ。」

江神がマスターにそう声をかけた。

―カラン、カラン…

新しいお客がやって来た。
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