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Transparent



ホープは焦っていた。こんなにも焦る事が今までの人生にあっただろうかと思うくらいの焦りだ。
両手を肩の前でぶんぶん振って拒否しているのに、ライトニングは納得しない顔で詰め寄ってくる。

「いえ、本当にいいです!」
「よくない。いいから来い」
「いいんです、ホントに!ホントに大丈夫ですからっ!」
「大丈夫じゃない!」

怒鳴られて、ビクリと肩を強張らせる。その隙に上着を遠慮なく引き寄せられ、あっけない程簡単にホープはバランスを崩して倒れ込んだ。
衝撃を覚悟してきつく目を閉じたものの、頭には柔らかい感触。恐る恐る開いた視界には、頭上から降る光を遮る様にして覗き込むライトニングの深い碧眼が見えた。


余りに近い距離。自分が今頭を置いているのは、ライトニングの膝。
柔らかい感触と、微かに鼻を付く優しい香りに、
瞳を見開いたホープの呼吸が止まった。


「見ろ、下がったなんて嘘じゃないか」

固まってしまうホープを観念したと思いこんだのか、些か厳しさを抜いた口調で続けるライトニングの手の平が、ホープの額に当てられる。

ひんやりして気持ちがいい。
そう思う位に、ホープの額は熱かった。

「……すみません…」

正論から逃げるように、翠の瞳が逸らされる。
オーバーワーク、だったのだろう。
あまりにもがむしゃらなホープの気持ちに、身体が付いていかない。前に出ると告げたものの、やはりその負担は大きかった。

それでもこの少年は頑なで、膝をついてしまった自分の弱さを恥じるように言い訳を繰り返した。
自分に似ていると、ライトニングは思う。

「いいさ、少し休もう」

通路の壁を背もたれにして、持っていた剣を隣に立てかける。その様子を、ホープはただ見上げていた。

「私も……疲れた」



嘘、ばっかり。


息ひとつ乱さぬ涼しげな横顔を見て、悔しさが込み上げた。



まだこんなにも――――遠い。



「しばらく眠れ」

優しく。額から移動して来た手の平が頭を撫でる。
母とは違う感触。少しぎこちないそれは、でも真っ直ぐ温もりを伝えてくれた。

「そばに、いるから」

疲労からか、熱からか、徐々に霞んで行く視界に彼女が……微笑んでいるのが見えた。



強くて、寡黙で、厳しいのに―――――――優しい人。
彼女の手が一度髪を撫でおろす度に、生きていると感じる。自分がここに存在しているんだと。


何故守ってくれるんだろう?
何故優しくしてくれるんだろう?
何故それに、心が締め付けられるんだろう…?


それはまだ、形を成さない。
不安定で透明な、想い。












Fin.

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