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□頂き物
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櫂衣さんより相互記念品(3Pを1Pに凝縮加工)
「…っ」
初めてあの人を見た時、自分の胸が高鳴るのを感じた。
日の光に照らされて反射するようにキラキラと輝く金色の髪、蒼空を思わせるような優しい瞳をした女の人。
綺麗なものを探すことと、それを記録するためにファイリングするのが好きだった僕が…初めて人を綺麗だと思った瞬間だった。
その人は、僕と同い年らへんの子供と楽しそうに笑っていた。
「千代姉」と呼ばれているところを見ると、あの中では一番年上なんだろう。
千代さんが笑うと僕の胸がぽかぽかと暖かくなった。
その日はファイリングしようとしていた花のことを忘れてしまった。
****
何年かして、僕は千代さんと再会した。
再会と言っても、向こうは僕のことを知らないから一方通行なのだけれど…
僕も成長したつもりだけど、千代さんは初めて見た時よりも綺麗になっていた。
金色の髪は長くなっていたし、背も伸びていてスラリとした体型をしていた。
日に焼けていない白い肌に僕の胸はとくん、と小さく跳ねた。
この気持ちは、何?
僕はこてん、と首を傾げた。
綺麗なものはファイリングしたいけど、相手が人の場合はどうしたらいいんだろう?
再び首を傾げる。
「…どうしたの?」
「っ!!」
僕はびっくりした。
だって目の前に姿勢を低くして顔を覗き込んでいる千代さんがいたから…。
多分、今の僕は目を大きくして口が開いたままなんじゃないかな?
どうしてこんなに冷静なのかもわからないけれど…
「あ、驚かせちゃったかな?ごめんなさい。でもこんな所でぼうっとしてたら危ないよ?」
「う、あ…えと、ごめんなさい」
「写真撮るのも良いけど、通行量が多いから気をつけてね」
そう言ってふわりと笑う千代さんに、僕の心臓は大きく脈打つ。
…この気持ちは、なんなんだろう?
千代さんを見ると胸がドキドキして、でも温かくて…そう、生き物をファイリングする時と酷く似ている。
…ああ、そうか。
蝶々や花とかは簡単にファイリング出来るのに、この人は標本にしたりは出来ないんだ。
…勿体無い。
綺麗なのに…記録出来ないなんて。
「勿体無い」
「え?」
「こんなにも綺麗なのに…ファイリング出来ないなんて」
きっと僕は写真を撮るだけじゃ満足出来ない。
蝶々や花は姿を変えないからカメラに収めてしまえば良いけれど、常に変化する人は収めきれないし…一体どうしたらいいんだろう?
****
「瑠宇君は本当にファイリングが好きなんだね」
目の前で真剣にカメラを構える瑠宇君を見て私は笑みを浮かべる。
結われた長い銀色の髪はさらさらと風に揺れる。
瞳は赤と金のオッドアイで、宝石のように綺麗だった。
歳はヒロト達と同じくらいかな?
日の光に反射してきらきらと光る髪に、私は少し目を細める。
「ねえ、千代さん」
「何?」
「僕は綺麗なものが好きで、こうして写真や標本とかにしてるけど…」
世の中には綺麗なのにファイリング出来ないものがたくさんあるんだ。
そう言ってこちらを見た瑠宇君。
瞳はとても寂しそうだった。
「美術館の展示物は撮影可能だったら、写真に出来るけど…結局、人の所有物を自分のものには出来ないでしょ?」
「そう、だね」
「そういうものを見ると、どうしても欲しくなって仕方がないんだ。でもそれはいけないことだから出来ない…でも欲しい」
これって我が儘なのかな?
顔を俯かせた瑠宇君。
生きていれば欲求なんていくらでも出てくると思う。
人は自分にないものを欲しがる傾向がある。
それは別に悪いことじゃない。
だってそれを否定してしまったら人は生活していけないから。
ものを欲しいと思うから人は生産したり消費する。
欲しがる基準なんて人それぞれだから、分かるようで理解出来なかったりもする。
「別に我が儘じゃないと思うよ」
「でもね、僕は今凄くファイリングしたいものがあるんだ」
「うん」
「目の前にあるのに手に入れられないもどかしさにどうにかなってしまいそうなんだ。でもファイリングするには大きくて、でも欲しいんだ。全てなんて望まない。ほんの少しでもいいんだ」
瑠宇君は少し興奮したように早口で言った。
私はそれにほんの少し恐怖感を抱いた。
落ち着かせないといけない…でも、近づいてはいけない気がした。
こんな感情を抱くのは初めてで、私はどうしたらいいのかわからなかった。
「手に入れることが難しくても…ほんの一部だけでも、相手の許可があれば貰っても悪いことにはならないかな?」
「っ…許可が、あれば…」
大丈夫、なのかな?
でも、撮影だけなら許可さえおりれば出来るし…
瑠宇君が何を欲しているのかはわからないけど、確かに相手がいいと言えば大丈夫なんじゃないだろうか?
そう考えると、少しだけ落ち着いてきた。
うん、大丈夫。
私は一度深呼吸をしてから瑠宇君を見た。
瑠宇君は先程とは違った表情で私を見ていた。
…瑠宇君も落ち着いたのかな?
「千代さん」
「うん?」
「僕が欲しいものはね…千代さんに許可を貰わないといけないものなんだ」
「…私に?」
瑠宇君の言葉に私は首を傾げた。
私は今何か持っていただろうか?
私が許可をしなければいけないもの?
一体何のことだろう?
考えても思い当たることがなく、私は瑠宇君に訊ねた。
「瑠宇君の欲しいものって何かな?」
「……やっぱり、いいです」
「?どうして?」
「だって…迷惑かけちゃうし」
「でも、欲しいんだよね?」
こくりと首を縦に振った瑠宇君。
「私があげられるものなら、瑠宇君にあげたいな」
「…でも」
「私が許可しなきゃいけないのなら、多分私が持っているものが欲しいんだろうし…私でよければ協力するよ?」
「…本当に?」
不安そうに訊ねてくる瑠宇君に、本当だよと伝えると嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「千代さんありがとう!」
それじゃあ、早速…
そう言って瑠宇君は私に近づいてきた。
何だろうと様子を見ていると、瑠宇君は私の方に両手を伸ばしてきた。
抱っこ?と首を傾げながら私が少し屈むと…
−シャキン!
…何かが、切れた音がした。
「きゃあああっ!!?」
「な、何してるんだお前!」
聞こえてきた悲鳴。
…私は何が起きたのか分からず、ただ茫然としていた。
屈むと瑠宇君はそのまま私の首に両腕を回してきた。
やっぱり抱っこなのかな、と瑠宇君に腕を伸ばそうとした時に音がした。
「大切にするね?」
耳元で瑠宇君がそう呟いて、腕が離れていく。
瑠宇君は満面の笑顔を見せてありがとうと言った。
彼の手にはハサミと、金色の髪の毛。
「じゃあね!」
そう言って去って行く瑠宇君から目を離せなくて、私はその場にしゃがみ込んだ。
周りにいた人達が、大丈夫かと口々に聞いてきたけど、耳をすり抜けていくだけだった。
片手を後ろへ持っていくと、肩よりも下に伸びていたはずの髪がうなじ辺りでなくなっていた。
…髪、切られたんだ。
そう理解して私は目の前が真っ暗になった。
その後にどうなったのか覚えていなくて、気がついたら自分の部屋のベッドの上に寝ていた。
…夢?と首を傾げていると大声をあげて泣く晴也達が部屋に入ってきた。
私はそれをあやしながら鏡に映った自分の髪を見て、現実だったのだとそっと目を閉じた。