□海賊
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「あっつ――……。」

昨日までの肌寒さは嘘のよう。
目が覚めた時には既に夏島に到着した後で、独特の湿気を帯びた生暖かい空気が部屋に充満していた。

シャワーを浴びて、首に掛かる鬱陶しい髪を一つにまとめても、一向に涼しさが訪れず、寧ろ動くたびにその暑さは増すような感覚がした。

少しでも風をと思い、甲板に出たが射すような日差しに負けてその場にへたり込んだ。


「なんだ、今起きて来たのか?」

「サッチ…。」

急に影が出来たと思ったら、上から呆れたような声が聞こえてきた。

「皆もう上陸しちまったぞ?」

「そう。」

言葉と共に小さくため息をつけば、サッチの笑い声が上から降ってくる。
同時に項垂れて剥き出しになっていた首筋に冷たい物が押し当てられた。

「っ!!なに!!?」

「ほらよ。」

驚いて顔を上げれば、悪びれる様子もなく笑ったまま氷の入ったグラスを渡される。
手にすれば、淡いピンク色をした酒がグラスに注がれる。

「昼間っからお酒…。」

「その昼間に起きてきたのはどいつだよ。大丈夫だ、おれは朝から飲んでる。」

「それ全然大丈夫じゃないし…バカでしょサッチ。」

自慢気に言うサッチに苦笑いをしつつも、注がれたそれに口をつける。
多めに入ったグラスの氷で程よく薄まっていて、起き抜けのあたしには飲み易い。

この辺りが流石だななんて思うけど、絶対に言ってやらない。
調子に乗らすとやっかいだからだ。



「サッチは行かないの?」

日陰に移動して、時折吹く風に心地よさを感じながらふと思ったことを口にした。

「おれは夜な。何人戻ってくるかわかんねぇし、涼しくなってからのが動きやすいだろ?」

前半良い事言ってるように聞こえたのだが、後半の厭らしい顔に一瞬でサッチの考えを察してしまい頭が重くなった。

「昼間でも開いてる所あるでしょ…。」

「ばっかおまえ!夜の女の色気を知らねーから!!いいか!?あーいう所の女はなぁ!!!」

「…はいはい。もういいよ、充分分かったから。勝手にして……。」

熱弁を始めたサッチに冷ややかな目を向けながら、グラスに残っていた融けた氷水を一気に飲み干した。


「はぁー…誰か早く戻ってこないかなぁ。」

「なんだよ、寂しいのか?仕方ねェな、今日はおれが相手してやるか。」

「結構ですっ!!!」

肩に回そうとしてきた手を払い除け、あたしは慌てて立ち上がった。
少しずつとは言え、サッチは朝から酒を飲んでいるのだ。
行動に信用は出来ない。



「お?なんだマルコ。もう帰ってきたのか?」

「あぁ、必要なものを買い揃えてきただけだからな。」

その場を離れようかと考えていた所、梯子からマルコが上がって来たようで、それに気付いたサッチも後ろで重そうな腰を上げていた。

「おかえり。」

「あぁ、ただいま。この島のログは2日で溜まるみたいだよい。出航はオヤジ次第だが、なまえも今の内に必要なもんは揃えておけよい。」

近付いて荷物を半分受け取ると、マルコは子供にするように頭を撫でながら優しく微笑んでくれた。

島はそれなりに発展していて、いろいろな店がありそうだ。
あたしも必要なものが全くないわけではないので、いくら暑いからといってもぼちぼち買い出しに出なくてはならないと考えていた。

「エースが戻ってきてくれればなぁ…。」

「エースなら飯屋で寝てたよい。…帰りは期待しない方がいいかもな。」

ぽつりと漏らした期待の言葉に反応したマルコは街で見かけたエースを思い出すようにしながら答えた。
途中に生まれた僅かな沈黙の意味に気付けないほどあたしもバカではないのに。

「ったく、またかエースの奴は…。」

少しだけ表情を暗くしたあたしに気付いたのか、呆れたようにサッチがため息をついて頭を掻くと、あたしの背中をぽんっと軽く叩いた。

「なまえ、おれの足腰立たなくなる前に食料の買出し済ませちまいてーから付き合ってくれねェか?」

「さいって−…。」

不器用すぎるサッチの気遣いに憎まれ口を叩きながらも、用意してくると伝えあたしは一度部屋に戻った。





「ただいまぁ…。」

「あれ?なまえ一人?サッチと買出しに行ったんじゃ…。」

大量の荷物を持って帰宅すると、ハルタが目を丸くして迎えてくれた。

「あれは今日は帰ってこないよ…。」

重いため息をつきながら荷物を降ろすと、ハルタはそれを倉庫へ運ぶのを手伝ってくれた。

「ハハハ…またかぁ。」

呆れたような笑いを零しながら仕方ないと言うようにハルタは作業を進めるから、思いのほか早く事は済んだ。




「なまえ!!!」

「あ、エース!ただいま。」

少人数ではあるものの宴が始まっていた甲板に戻ると、エースがあたしを見つけて駆け寄ってきた。
心なしか怒っているような気がするのは気のせいか。

「ちょっと来い!」

「え!?ちょっと、なに?」

エースの怒りは勘違いなどではなく、強く腕をつかまれ半ば引きずられるように部屋へと連れて行かれた。
後ろでハルタの無責任な応援の声が聞こえたような気がしたが今はそれどころじゃない。


「今日一日サッチと一緒だったってほんとかよ。」

この状況でなにをどう頑張れというのか。
ていうか誰だそんなホラ吹いた奴は。




ある暑い日のこと



(エース…激しく誤解なんだけど)

(うるせぇ)

(………。)


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